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ぼくとも。 |

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Posted by 春乃 綺 on  | 

君に傘を、俺に君を 後編(ぽルカ)


「…それで?」
「え?」
「…そろそろ帰った方がいいんじゃないか?」

あれから、半刻が過ぎた。彼女は手持無沙汰にコーヒーを啜りながら、降りしきる雨を、俺の後ろの窓から眺めている。

外はとっくに夕闇が支配している。さらに、もうすぐ夕食時。
もういい加減、帰りたいんだが、と思いながら、ややボーっとしている彼女を見やった。

彼女は濡れ鼠の格好のままで、ノースリーブのワンピースから剥き出しの肩は色を失って寒々しい。
と、言っても俺が上着を貸してやる義理はないがな。ましてや、夜遅くなって彼女を家まで送っていくなど、冗談ではない。
これ以上の面倒事は御免だった。

言外に俺がそろそろ帰りたいことを告げると、彼女はその顔をあからさまに暗くした。

「…なんだ」
「………家には、帰りたくない…」

そんなこと、俺の知ったことか、とは思ったが、とりあえず何も言わずに先を促した。
彼女は顔を伏せ、やがてぽつりぽつりと語りだした。

「…一人で家にいると、気が滅入っちゃうから…。なるべく、外にいるようにしてるの。…………それに、こんな雨の日は…」
「――ならば」

重々しい彼女の言葉は、天候と相俟って非常に煩わしく感じられ。
俺は忌々しいという感情を隠すことなく、荒い口調で吐き捨てた。

「あんな濡れ鼠になってまで、通りにいることはないだろう。それも傘も差さずに」
「……傘は、差したくない」
「………」

随分、ふざけたことをぬかしていると、俺は呆れかえった。いや、訳ありなのかもしれないけれど―――現に彼女は菫色の"傘"を持った人間ばかりに近づいていたし。
それでも傘を差さなければ塗れるのは当たり前だ。そして、こうして俺のような彼女の様子を見かねた人間が助けるというのも、すぐに想像がつくわけで。
彼女には人に手間をかけさせているという自覚はないのか。俺の心の中に鬱憤がたまっていく。

俺は溜息を一つついて、「それでは」と呆れ交じりに続けた。

「建物の中に入っていればいいだろう。カフェやレストラン、図書館、本屋、入れるところはたくさんあった筈だ。――そこなら傘を差してなくてもいいしな」

最後に少しの嫌みもこめてそう言うと、彼女は「…だめなの」と小さく漏らす。

「…はぁ? なぜ」
「…雨の日は大通りにいなくちゃいけないもの」
「理由は?」
「―――だって…っ、」
「なんだ」
「―――どこにも、いないんだもの…っ」

誰が、とは問わなかった。彼女が誰か――恐らく恋人だろうとは見当がついていた――を探していることは、通りでの一連の出来事で把握できていたから。
菫色の傘に近付いては、落胆していたあの時の彼女の目は、どこか思いつめたものだったため、………その恋人の行方も俺にはなんとなく察しがついていた。

彼女はもう一度「…いないんだ、もの…っ」と零し、わなわなと震える手で自身の顔を覆った。

「駅前のカフェのお気に入りの席にも、
あの人の会社の近くのレストランにも、
たまに仕事を片付けてる図書館のパソコンの貸し出し席にも、
家の近くの本屋の文庫本の棚の前にも、
私の部屋の台所にも、寝室にも、お風呂場にも、ソファーの上にも、
あの人の部屋だったところにも、
どこに、何回行っても、あの人はいないんだもの……っ!!」

彼女は堰をきったように泣き崩れた。
その様を俺は黙って見つめていた。
しとしと、と滴る雨が真後ろの窓を叩き、ガラスにはうっすらと水滴が浮かぶ。
マスターと俺と彼女しかいないこのカフェには、雨の滴る音と彼女の啜り泣く声のみがやけに響いていた。
やがて大いに泣いて、泣き疲れたのだろう。すんすんと鼻を啜りながら、彼女は顔を覆っていた手で、涙でベタベタに濡れた頬を拭った。
泣きすぎてしゃくりあげる声はどこか痛々しい。
濡れて重くなった睫毛も瞳に影を落とし、彼女の悲痛さを浮き彫りにしていた。

そんな中、彼女はしゃくりあげながら、「…だから」と喘ぐように紡いだ。

「だから、雨の日はいつも探すの。外に出て、待ち合わせ場所だったあの大通りで、あの人を。雨男で、あの人が出掛けるときは必ず雨だったから、――だから」
「……どこかに出掛けていて、鉢合わせることを願って、か」

低い声でやっと喋った俺の声は予想以上に固かった。
彼女は未だ紫の変色の残る唇を噛み、力なく頷いた。
そのボサボサの桃色の頭を眺め、俺の心にはなんとも言えない感情が灯っていた。
ここまでソイツに深い想いを抱き、それに現在押しつぶされそうになっている彼女が。

(無償にほっとけないと、思ってしまった。)

ここまでくると人を想うというのは、一種の病だ。いや、罪だというべきなのかもしれない。
風が吹けばポッキリと折れそうなほどに弱くなった彼女を見ると、そう思わずにはいられなかった。
日常生活に支障をきたすほどの深い彼女の想いは、誰でも彼でも持てるものではない。
だからこそ、病であり、罪だと。
そしてそれゆえに押し殺すのは困難なのだとも理解できてしまったから。

やはり彼女をほっとけない。そんな感情が今の俺には芽生えていた。


けれど、同時に愛しささえ湧いてくるのだ。

ここまでソイツを、人を、深く愛せる彼女に。
壊れるまでソイツを求め続ける彼女に。

羨ましいというか、微笑ましいというか、――やっぱり"愛おしい"かもしれない。

抱き締めて、腕の中で存分に甘やかしたくなったのだ。
もう大丈夫だ、と。
自分が傍にいてやるから、と。
――――願わくば、いつか同じくらいの気持ちで俺を想ってはくれないか、と。

俺は気がつけば、頷いた格好のまま項垂れていた彼女の頭に手を乗せていた。
彼女が肩を竦めて、顔をあげる。
その張り詰めた水色の瞳は、まだ僅かに潤んでいて。
ボサボサの桃色の髪を撫でつけてやると、彼女は大きく目を見開いた。

「――思う存分、探せばいい」
「……え、」
「気が済むまで、探せばいい。お前が納得するまで」

俺がそう言うと、彼女は驚愕した顔を泣きそうな笑みへと変えた。

「みんな馬鹿だって言うのよ…」
「……」
「探したってあの人はいないからって、――…っ死んだんだから、もう止めろっていうのよ…っ」
「……そうか」

彼女はおそるおそると言った様子で俺の顔を窺い見た。

「あなたは馬鹿だと言わないの…?」

彼女のその問いに俺はただ微笑んだ。すると彼女の水色の瞳がゆらゆらと揺らめき、ぽつりと頬を一筋涙が伝った。――けれど、その顔は嬉しげな笑顔だった。
そうして再び俯き泣く彼女の頭を、俺は別れ際まで無言で撫で続けていた。

やがて、彼女は掠れた声で「ありがとう」とだけ言い、カフェを去った。
そしてカフェにはマスターと俺だけが残され、彼女の声とあがった雨の代わりに、豆を焙煎(す)る音が響いていた。






――――その後、俺は雨の日は決まって外に出るようになった。

大通りの片隅には、あの時と同じように、彼女が黒いワンピースを纏って、人の群れを眺めている。
彼女は今日も菫色の傘を見つけては、その傘の元に向かう。

そうして幾度となく力なく肩を落とし、大通りの片隅に佇むのだ。

そんな彼女に、俺は傘を差し向け、雨が止むまで一緒に居てやるようになった。
俺の傘から出ては人の群れに向かい、帰ってくる彼女を迎える。――ただそのためだけに。
そんな俺を人は馬鹿というかもしれない。
けれど、それでいいのだ。馬鹿は馬鹿同士、それでいいのだ。

"あの人"を忘れられずに、雨の中、大通りで待つ彼女と、

彼女が寒空の下、一人でいることのないように傍にいる俺。



雨の日以外に、逢うことはない。
どこに住んでいるかも、どんな仕事をしているのかも、携帯の電話番号も、メアドも、はては苗字さえも、お互い知らない。
知っているのは名前と雨の日に大通りにいることだけで。


恋人でなく、
友人でもなく、

雨の日が繋いだ、雨の日限定のこの関係。


いつか違う形になることもあるだろう。
けれど、どんな形になっても悲しみに押し殺されそうな彼女の傍には、俺がいればいいと思う。
変わらず、俺がいればいいと思う。

ただ、それだけを一心に願うのだ。









(――雨があがったな)
(…うん)
(帰るか)
(うん)









無力P様の楽曲「Brella」から。

この小説は無力P様の作りだす音と、ゐつ様の紡がれる言葉の両方を大事にしながら書きました。雨と傘とどこか漂う哀愁と…。いい雰囲気の曲ですよね、大好きです!

小説についてですが、
とりあえずうちのがっくんが俺様、何様、殿様な性格だったので、彼が女性を愛おしく思う瞬間とはどんな時だろうと考えに考えた結果、あぁなりました。女の涙はやっぱり男性にたいして武器になると思うんですよね(笑)
あんな性格の男を書くのは初の試みだったので(普段はもっと掴みどころのない男性を書いてます、その方が得意なんで)、大変難産でした^^;
ちなみにルカさんがこの話の時点で情緒不安定ぎみなので、2人の会話は微妙にちぐはぐにしてあります。無論、わざとです。

さて、私が一番心配してるのは、ウチのがっくんが人様に受け入れられるかどうかなんですが……、うーんどうなんだろ…?(汗)


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