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ぼくとも。 |

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Posted by 春乃 綺 on  | 

Shiny Days 2 (太空)


マックから出た途端に早足になって、まもなくそれは小走りになった。
目頭が熱くなって、キュッと下唇を噛みしめる。気付いたら、小走りは駆け足へと変わっていた。

走って走って、足が痛みを訴えて、走るのが辛くなって。そこで、ようやく空は立ち止まった。
ヒールのサンダルが予想より足に負担をかけていたようだ。ズキズキとした鈍い痛みに、足が悲鳴を上げていた。これではもう走れないどころか、歩くのも覚束ないだろう。

仕方なく、どこか休むところは、とキョロリと辺りを見渡すと、歩いて数十歩のところに公園があるのが見えた。
よろよろと足を庇うようにその公園まで歩いて行って、空は入ってすぐのところに古ぼけたベンチを見つけたのだった。
ベンチに腰掛けて、サンダルの紐を解いてみる。両足には擦れて赤くなっているところが点々とあった。

「痛っ…」と今更なことをようやく口にして、空は情けなく笑った。膝を抱えるように座ったためか、いつの間にか目からポロポロと零れ落ちていた涙が傷口に数滴落ちて染みた。
そのままにしておくのは余りにも痛々しいので、数枚ほど家から持参してきた絆創膏を鞄から取り出し、傷口の上に貼っていく。
でも、傷口の数は多過ぎたようで。

「あーぁ、足りないや……」
空は相変わらずの泣き笑いだった。なんだか更に自分が情けなくなってしまい、きつく抱えた膝の間に顔を埋めた。その肩はちいさく震えていて。
ベンチの上で一人膝を抱える少女の姿は、酷く痛々しく見えた。




* * *




どのくらいそうしていただろうか。辺りが暗闇に支配され始めて、ようやく空は膝の間に埋めていた顔を上げた。

「もうすぐ夜だわ…。帰らなきゃ、お母さんが心配する…」

空の母は元よりとても心配性だった。しかし、自身の少女期のことで、さらにその心配性に拍車をかけたことも、彼女は既に知っていた。そして、空はそんな母をとても愛しく思うのだ。
愛してくれている。私も母のそんな気持ちが嬉しい、と。
そんな母にいらぬ心配をかけるのは、空の本意でなく。もう帰ろうと、空がサンダルを履こうとした時。

突然、後ろから強く肩を掴まれた。ビクリと細い肩が震える。ゼエゼエとした荒い息遣いが耳元で聞こえた。
それは、明らかに男性特有の力強さと声の低さだった。見知らぬ男性に後ろから、強くつかまれている。そう悟った空の心に、恐怖心が一気に押し寄せた。
しかし、その恐怖心は次の一言で霧散する。

「――-やっと、みつけた」

聞き覚えがあるその声に、驚き後ろを振り返る。そこには額から大粒の汗を流して、いつになく息を乱した太一が立っていた。


どうして、ここにいるの?


空は呆然として、太一を見つめていた。その間、乱した息を整えている太一は腰を折り、膝に手をついていたため、目線は合わない。

ただただ、動転して、頭が追い付かなかった。
太一がここにいる理由も。こんな汗だくになって、空を探していた理由も。

と、それまで顔を伏せ、息を整えていた太一が、ガバリと首を上げた。彼の目は、茫然自失の空を真っ直ぐと見据える。


「―――――ようやく、見つけたぜ、そら」
太一の強い視線に射貫かれて、空は小さく息を呑んだ。顔が自然と強張り、喉の奥がつまっていく。

もう、なぜ彼がここにいるかなんてどうでもよくなった。とにかく、今この場所から、一刻も早く逃げ出したかった。
羞恥。衝撃。悲観。そんな感情が一切合財、心の中をごちゃ混ぜにして、空を襲う。
冷静さなど、既に欠片もなかった。ただ、目の前の彼から逃げ帰りたい、ただそれだけだった。

「…っ」

空は太一に背を向け、裸足の足を地面へと向ける。そのまま走り出そうとした。しかし、太一の行動の方が速く。
彼は、空の右肩に置いた手に力を込め、左手で空の手を掴んだ。そして抱え込むような形で空の身体を軽く拘束する。それでもなお、混乱した空は抵抗を続ける。

「やだっ!!離して!!!」
「逃げるな!!!」

太一の鋭い怒号で、それまでジタバタと抵抗していた空の動きが止まった。

「逃げるなよ―――――頼むから―……」

掠れた声で呟かれた、彼らしくない弱々しい言葉を聞き留め、空はまたゆっくりと後ろを振り返った。太一は黙ったまま、苦しそうに下を向いている。
自身が太一にそんな顔をさせていることに、空も顔を暗くさせた。


やがて「…わるい」と呟いて、太一は空を掴んでいた手を離した。
彼に掴まれていた己の腕をそっと掴んで、空も下を向いて、小さく首を横に振る。

「(太一は何も悪くない)」

そう言おうとして、でも出来なかった。鳴咽が邪魔して言葉が口から出てこない。
空の鳴咽を聞くたびに、太一はどんどん痛々しい表情へと変わっていった。
空もどんどん悲しみの方へと感情が動いていく。


ごめん。
ごめんね太一。


何度も何度も謝っても音にはならない言葉たちが心の中で死んでいく。
だから空は言葉に出来ない気持ちを身体に託すしかなかった。

そうして空は、太一の前で初めてボロボロと涙を流したのだった。



己のシャツ越しに縋り付く形で泣き続ける空を、太一はベンチごしに抱きしめた。その暖かい腕の中で、空は自分が太一のあの時の言葉を聞いて、心が悲鳴を上げた理由にようやく気付いた。

デートかと尋ねられて、「あー…うん、まぁな」と照れもせず、ただ苦笑いで片づけられた自分は、太一にとってそれだけの存在でしかないと知ってしまったから。
そのことが自分にとって、とてもショックなことだったのだろう。
だから空はあの時、張り裂けそうなくらい胸が痛んだ。

つまり、それだけ自分は太一のことを――――――――。




そこまで考えて、空は静かに目を暝った。そして太一の胸をトンと、軽く押す。

もう。もう、充分だ。


「ありがとう、太一」
「――は?何を……」
「もう大丈夫。ごめんね、突然泣いちゃうなんて、」
「いや、だから、空――」
「でもっ、もう、そのうち自然に止まるから、もう泣かないから、だから…」

もう放っておいてくれて、いい。


目を腫れさせながらも、空は綺麗な笑顔で太一に笑いかけた。
太一は愕然した顔をした後、さ迷っていた手をギュッと握り締め。

「ふざけんなよ……お前」
そう放たれた低く唸るような声は、二人の曖昧な距離の間に割って入っていった。


「勝手に自己完結させて、何が大丈夫だっ。何が放っておいてだよっ!!!」
「太…一…?」
「ふざけんな…っ。そんなの、お前を好きな俺はどうしたらいいんだよ…」

太一の口から零れた一言に、空は度肝を抜かれた。作って貼り付けた笑顔が、見る見るうちに剥がれて、地に堕ちる。


今、彼は何て言った…?


空が固まる中、太一は握り締めた拳を僅かに震わせて、歯を食いしばった。


こんなのって。こんなのってないだろ。
今、このタイミングでそれを告げることがどんなにズルいことか、俺にはちゃんとわかっている。
でも、空を、この大事な女を僅かにでも引き留められる言葉を、今の俺はこれしか持ってなかったから。


「―――俺は、お前が好きなんだよ」
終わらせたかった。この不毛な恋心を。他の誰でもない―――――己自身の手で。




* * *




そもそも今回太一が空を遊びに誘ったのは、ここ暫く会っていなかった幼馴染みに会う為というより、今もなお恋焦がれている相手に無償に会いたくなったからだった。

久しぶりに会った彼女は以前より大人っぽく綺麗になっていたが、性格や仕草・癖などはちっとも変わっていなくて、太一は見惚れると同時にホッとした。
自分の知らない彼女(そら)を見てみたいと思う半面、自分の知らない彼女(じょせい)に変わっていくことに恐れを感じていたからだ。
要は、空は自分だけのもんだという、男の身勝手で幼稚な独占欲である。

元ダチに会った時もそうだった。
「武之内、なんか綺麗になったなぁ」と感嘆するそいつに、アイツは俺のものだ!!と豪語したくなるのを懸命に抑え、必死に笑顔を作った。


デートか?と聞かれて、曖昧に答えるしか出来なかったのは、それを否定したくない本音とただの友人であるという事実の二つが攻めぎあった結果である。

「(好きだった。それだけでよかったとは言わない。でも、それよりも空の隣にいたかったんだ)」


しかし、太一は己の恋の見込みのなさを空の口から先程聞いた。

放っておいてほしい。自分はもう大丈夫だから、と。

それは空からの最期通達だと太一は受け取った。初めて己の前で泣いてくれた、弱みを見せてくれたことに、嬉しさを覚える間もなく、ばっさりと一刀両断されたのだ。


「(―――じゃあ、隣で空の悲しみを受け止める男(ヤツ)は、一体誰なんだよ。俺の以外の、他の誰か、なんだろう?)」


だったら、自分の手で壊してやろうと思ったのだ。居心地のいい距離感や、気の置けない幼馴染という間柄を捨ててでも、太一は己の恋心をとった。せいぜい、身勝手な男だと罵ってくれ。そう毒づいて。


「俺はお前が好きなんだよ」

もう一度太一の口が出た言葉に。空は口許を手で覆って、目を見開いたままでいた。
半開きの口から「うそっ…」と漏れて、パタパタと涙が頬を伝う。

「―――――ホントに決まってんだろ」
誰がこんな嘘つくかよ。顔を歪めて、そう言い切った太一に、空の心の箍が外れた。

ひどく泣きじゃくりながら、太一の服を掴み、その胸に縋った。
目に見えて、太一が狼狽する。少し身動ぎする彼から、決して離れないよう、ベンチから少し乗り出した。

「え、えぇ…?そ、そら…?」
「――わ、たしも…」

震える声と一緒に涙が後から後から溢れる。それを止める術なんて、もうなく。

「すき」

情けなくヘロヘロに揺れた声だった。が、太一が聞き取ったのは、確かに己と同じ気持ちのそれだった。
太一は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、二三度瞬きをした。

「そら…?」
「うん」
「お前、俺が好きなのか?」
「…うん」
「え、マジ?」
「うんっ」
「うわ…っ。マジかよ――――」

顔を赤らめながら、太一が口許を手で覆う。空はきょとんとした顔で太一を見上げてから、真っ赤な顔の太一を見、目尻に涙を浮かべて、笑った。


「―――――ホントに太一が好きよ」





* * *





「ほら、おぶされ」

そう言って、太一はベンチに座る空の前でしゃがみ込んだ。

「いっ…いいよ、私重いし」
「馬っ鹿。お前が重いはずないじゃん」
「――――!!!っでも…」

慌ててサンダルを履こうと、足を地に降ろすが。そのサンダルはいつの間にか地べたの上でなく、太一の手の中にあった。
返してと抗議しようとして、眉をあげて太一を見ると。

太一はしゃがみ込んでいた体を半分起こして、空の額に口を軽く押し付ける。そして空を真っ直ぐ見据え。

「いいから乗れ」
太一の行動と真剣な口調に空はただ驚いて、「…はい」と言うしかなかった。



昼間より少し暗くなった家までの道のりを二人分の長い陰を作って歩く。

久しぶりにおぶさった太一の背中は記憶にあるものより随分大きくて。
それでもその温かさは全く変わっていなくて、空はふいに何だか泣きたくなった。

「あっ…1番星」
太一が呟いた言葉に空を見上げる。

赤と濃紺に染められた大空に一つ目の星が輝きを放っていた。月もまだはっきり出ていない空になんだかその星は少し気が早過ぎたようだ。
淋しげな光を宿すその星は、先程までの自分とちょっと似ていた。


「………あと少ししたら月出るかしら」
「その前に他の星が出てくんじゃね?」

ほらと指差されたところには橙色の一際眩しい星がもう一つ顔を出していた。
しばらくしたら月も出て来るだろと笑う彼に、空は目を細めて笑う。


「明日は晴れかしらね」
「だといいな」










「好きよ、太一」
「ん、俺も、空」


私たちは今日、幼馴染から恋人になった。



- - - - - - - - - - - - - - -



長らく、大変長らくお待たせしました…!むしろ、まだ待っている人はいるのか。
太空は悲恋が多い中、これはちゃんとハッピーエンドです。私の小説の中ではとても珍しい(コラ)。
太一さんが偽物臭くて、ホントすいません。空ちゃんがだいぶ乙女で、すいません。



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8月の地図(光子郎)



はじまりは、あの夏の日。









8月地図








友人との待ち合わせ時間まで、あと50分。
今8時10分前だから、9時15分位に出れば間に合うかな。
頭の中でそんなことを考えながら、今日必要になるだろう参考書や問題集を机の上の本の山の中から抜き出して、鞄の中に詰めていく。

机の上に山が出来始めたのは今年になってからのことだ。わりあい几帳面な方だと自他共に認めている自分には考えられない現状だと思う。
だが、自分は今年高校三年生。つまりは受験生であるので、仕方ないといえば仕方ないことだろうか。
……なにしろ必要な本類が多すぎるのだ。

そのせいで以前はいつも机の上に置いてあったあのパイナップル印のノートパソコンは、今は仕舞われ、机の脇に除けてある。
それを見た、とある先輩は『うわっ!マジで?最近雨なの光子郎のせいなのかー』などと大変失礼なことを吐(ぬ)かしていた。
というか。

「僕に言わせれば、去年の貴方の方がずっと変だったんですが…」

なにしろ勉強嫌いなあの人が毎日必死になって受験勉強していたのだから。まぁそのおかげで第一志望の大学に合格したのだけど。
絶対落ちると担任にも言われていたのに。


「と、そんなことを考えている場合ではありませんでしたね」

くだらない思考で一時止まってしまっていた手を再び動かす。とりあえず今日、やる予定の参考書類は全て持ったはずだ。
ふぅと一息吐いて、鞄を持って立ち上がる。
と、そこで仕舞い込んであるノートパソコンが目に入った。

「そういえば最近パソコンのメールの確認してないな…」

気がついてしまったのなら、確認しないと気が収まらない。
それは自分の性分である。



幸い今日の勉強会の面子は、二人ともあまり遠慮しなくていい相手だ。
多分、多少遅れて行っても、眼鏡の奥で苦笑する奴と何か奢れば簡単に機嫌を直すような奴だから。………まぁ小言は貰うかもしれないけども。

ちょっとゲンナリしつつも久しぶりにノートパソコンを立ち上げる。
やはり結構な数のメールが届いていた。それらを慣れた様子でいるものだけ残し、後は削除という行為を繰り返していく。

と、珍しい名前に手が止まった。

いつもは携帯の方にメールしてくるのに。
とりあえず開いてみると、それは毎年行われている"8/1計画"の誘いのようだった。
どうやら今年は受験の自分を気遣って、わざわざパソコンの方にメールしてくれたようだ。返信が来なければ、『忙しいため、光子郎は欠席』とするつもりだったのだろう。気付けてよかった。
この日は自分にとっても、仲間たちにとっても、大切な日だから。




8月1日。

自分達がデシタルワールドという名の異世界に呼ばれた日。





「…今年も、もうそんな時期なんですねー」
小さくそう呟いた。

ふと思い立って、机の一番下の引き出しをゆっくりと引いた。
そしてその中の一番底に埋もれているモノを取り出す。



以前は自分をあの世界へと導いてくれたもの。

――――――今はあの時が夢ではないと思わせてくれる唯一つのもの。



もう時計としてしか、役に立たなくなってしまったそれは、自分にとって多分相当価値のあるものだ。


何度、これを目の前のノートパソコンにかざしただろう。

何度、絶対に開かれない異世界への扉に落胆しただろう。


――――何度、もう随分会っていない、自分の半身とも呼べる赤と黒の君に思い馳せただろう。



『こうしろーはん』
耳の奥で響く懐かしい君の声。
もしかしたらもう一生会えないかもしれない、君の声。

「元気、に…してるでしょうか…?」

手の中のものを見つめながら小さく呟いた言葉は誰かに届くことなく、口先で消えていく。

「元気…に………」
もうそれ以上は言えなくなってしまった。
口に出したら、胸の奥に閉じ込めた感情が溢れ出てしまうようで。


役目を終えて、ただのプラスチックの塊と化したそれをなんとも言えない思いで見つめる自分は酷く滑稽だと思った。


いっそ投げ捨てられたらよかったのだ。
もう要らないものだと。先程、要らないメールを削除したみたいに。

腕を振りかぶって、そして、やめた。



「…くそっ」
唾棄したいくらい情けない自分。

本当に削除したいのはそういう自分だったなんて、とっくに気付いている。



とんだ笑い話だろう。



ネガティブな思考を振り払うように、手にしているものを太陽に翳した。
それは、まるであの時のような眩い光を放っているようで――――……。



「なんだか馬鹿みたいですね…」

苦笑して、ギュッと小さな機器を握りしめた。プラスチック製のそれは醜く軋んだ音を立てる。
そっと両手で包み込んで、「…テントモン…………」と呟いた自分に酷く虚しさを感じた。








「光子郎ー、そろそろ時間的に出発しないと、まずいんじゃない?」
ノック音と共に聞こえた声に、はっと我に帰った。

「はっ、はい。もう出ます」
慌てて付けっぱなしだったノートパソコンを消して、そう返事する。そして持っていたデジヴァイスを閉じたノートパソコンの上にそっと置いた。





「…いってきます」

足早に己以外誰もいなく、ひどくさびしげな部屋を出た。時計をみると、本当に時間的にまずい時間になっていたので、急いで玄関に向かい、靴を履く。
後ろから「光子郎」と母に呼び掛けられて、首だけで振り向くと。

「今日はお友達の家で勉強するのよね?」

「えぇ。ですからお昼ご飯はいりません」

「そう、わかったわ。―――はい」

そう言って手渡されたのは、帽子。


これは?と目だけで問うと、母は外を指で差して微笑った。
「今日暑いから熱中症になっちゃうわ」
母の気遣いに有り難く思いながら、帽子を深く被る。


―――今の自分にあの太陽の光は、眩しすぎた。




「それじゃ行ってきます」
「いってらっしゃい」

玄関口で手をふる母に見送られて、時間ギリギリで家を出た。















友人の住むマンションに向かう途中、目の前を一匹のアゲハ蝶が掠めていった。

そのアゲハ蝶は己の回りを一周した後、空に向かって飛んで行く。

雲ひとつない、あの空に。その先に、なにも遮るものはなく。



―――――僕はその蝶が羨ましく思えてならなかった。









----------------------------------

おめでとう8/1!なのに、ぜんぜんめでたくない小説で本当にすみません!
この小説も前サイトの改良小説です。(はたして改良になっているかは分かりませんが…)

ちなみにタイトルの8月の地図は、私の中ではデジヴァイスのイメージです。
『選ばれし子供達をデジタルワールドに導いた』『仲間の位置を正確に示してくれる地図的機能を備えている』
世界に八つしかない、選ばれし子供専用の"地図"です。…うん、私も選ばれてデジヴァイス欲しかったよ…。

あ。あと、この話では、デジタルゲートは02以降開いていない設定になっています。
だからパートナーデジモンともあれ以来会っていません。

以下、小説のネタバレ。見たくない方はバックプリーズ。



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青空の向こうへ行けたら(太一+子供たち)



はぁはぁと息を乱しながら、長く続く石の階段を登る少年が一人。
トレードマークのゴーグルを青いバンド越しに頭に付け、茶色のクセの強い髪の毛を走る度にぴょんぴょんと跳ねさせる。
少年は目指していた。去年の夏に行った、キャンプ場の奥にある、あの祠。
初めて自分のパートナー、いやもう一人自分ともいえる存在と会った場所へと。





青空の向こうへ行けたら






「太一」
部屋の戸口で自分の名前が呼ばれたのは、太一がまだ自分のベッドの中でまどろんでいる時だった。
(なんだよ、今日は休みだろ…?)
返事をするのを億劫に感じながら、それでも返事をしないと後が怖い。太一は寝返りをうって、顔を母の方に向けた。
「んー、なんだよ」
「お雑煮出来たから起きてらっしゃい」
そう言ってから、太一の母―裕子は台所へと戻っていく。それを目の端に捕らえつつも、 太一はベッドの中で寝返りをうち、また安眠の態勢へ戻る。休日万歳。寝過ごし万歳である。
と、そこで母が言ったある単語に気がついて、太一は他人事のように呟いた。
「今日は正月、か」
気持ちのいい微睡みが波を引いたように遠ざかっていった。それでも、なんだか起きる気にもなれず、しばらくゴロゴロとベッドの中で寛いでいると、台所から「太一!」と母が再度自分を呼ぶ叫び声が聞こえてきて。そろそろ起きないと、八神家の雷様がお怒りになる。それは自分にとっても、あまりよろしくない。
そこまで考え、太一は、
「はぁい!起きるよ!」
あぁ、もう、わかったよと、やっとのことで起き上がったのだった。



太一がダラダラと台所へと入っていくと、テーブルについて雑煮を食べていたヒカリがこちらに目を向けた。
「あ、お兄ちゃん、起きたんだ」
「んーまぁな」
歳のわりに落ち着いている妹に適当に返事をして、太一はヒカリと向かい側の椅子に腰かけた。
お母さーん、お兄ちゃん起きたよー、とヒカリがガスコンロと向かいあっている為に、こちらに背を向けている裕子へと声をかける。
はいはい、と裕子は通常は味噌汁を入れるお椀を太一の前へと置いた。
「冷めないうちに食べちゃいなさいよ」
餅が二枚入ったそれは温かい湯気を上げながら、太一の食欲を誘った。
「はーい、いただきまーす」
がつがつとお雑煮を食べ始めた太一を裕子は呆れ眼で見やった。ヒカリまでもが苦笑いを浮かべて、
「お兄ちゃん、ここ最近寝てるか、食べるかしか、してないよね」
と随分辛辣なことを言い放ってくれる。そんなことないというのに、全く失礼な妹である。
「というか、お正月なんだから他にやること、というか言うことあるでしょ?」
裕子が大袈裟に溜息をついて太一を促した。少し考えれば、裕子が言っている内容はすぐ思い当たるわけで。
「あけましたおめでとうっ!!」
無邪気な笑顔を浮かべ、若干違う言い回しで新年のあいさつを言う太一に、裕子とヒカリはそろって溜息をつくのだった。


雑煮を食べてお腹が膨れた太一が席を立つ頃には、ヒカリはもう既に食べ終わっていた。そしてそんな彼女はというと、ソファに座って正月恒例の年賀状に目を通していた。
「お兄ちゃんにも来てるよ」
はい、と手渡された葉書。心なしか去年より増えている気がするその束をパラパラと流し読みしていく。
すると、去年では絶対にくることがなかったであろう名前をいくつか見つけた。
石田ヤマト、泉光子郎、城戸丈、太刀川ミミ、高石タケル。
"あんなこと"がなければ、これほどまでに親しくならなかったであろう名前達。あの冒険で知り合った名前もその中には多い。
太一はなんだか少し可笑しくなった。性格も下手したら住む場所さえ違う自分達なのに、きっとこの関係はずっと先の未来まで続いていくことが簡単に想像できる。不思議な縁だよなぁ、と感慨深くさえなった。
太一はぱらりとまた一枚葉書をめくった。そこにあったのはいつもと少し書き方が変わった空からの葉書だった。
綺麗な字でサラサラと書かれたそれからは前までの男っぽさなど微塵も感じず。なんだか空が女の子らしくなったようで、太一は面映ゆさから、ほんのちょっとだけ笑った。


ひとまず読み終わった葉書を机の上に放り、太一はヒカリの隣に座った。隣のヒカリは、まだ嬉しそうに葉書を眺めている。
そんな彼女の手の中にあるのは、あのときの最年少コンビの片割れからの葉書で。そういえばヒカリは歳が同じだからか、タケルとやけに仲がよかったことを思い出す。
なんだか兄として複雑な心境になりつつ、太一はふぅと息をついた。
と、その時それまで台所で朝食の片付けをしていた裕子がリビングに顔を出した。
「太一もヒカリも親しい人に挨拶行った方がいいんじゃないの?」
「えー年賀状書くのに?」
そう言ってヒカリがちょっと不満を漏らす。新年早々、出かけるのが面倒くさいのだ。自分もそれには大いに同意するが。
「それに正月から来るなんて迷惑だって言われるのがオチだぜ?」
脳裏にグチグチと文句を言う金髪の少年の姿が浮かんだ。新年早々、あの説教は勘弁してもらいたいところだ。
「まぁ、それもそうよねぇ」
ヒカリと太一の文句に、裕子も納得したように頷く。しかし、ふと思いあたったことがあったのだろう、でも、と言葉を続けた。

「中には年賀状出せない子だっているでしょう?」

裕子の言葉に太一は少し息を呑んだ。
年賀状を出せない大切な存在。でも今すぐ会いたい、存在。それは――。
「俺ちょっと出掛けてくるっ!」
太一は座っていたソファから飛び降りた。思い立ったらすぐ行動。太一の美徳の一つである(ただし本人曰く)。
すぐ傍に掛けてあった上着をひっかけながら、靴を履き、玄関から飛び出す。太一!??という裕子の声が聞こえたが、太一は振り向かずに走りだした。
途中全力疾走したので胸がいたくなったが、そんなことは些細なことだった。

どうして忘れていられたんだろう?
あの大切な存在を―。






キャンプ場の石段を上がりきり。乱れた息を整えながら、太一は祠の周りを見渡す。
そこはあの時のように雪なんか積もってなくて、オーロラなんか現れてなくて…。
「ちきしょ…」
分かってはいたのだ。ここは東京。
雪なんか滅多に降らないし、ましてオーロラなんて現れるわけがない。

それでも期待したのだ。だってあいつは俺の大切な相棒だったから。
「…アグモン―」
会いたい。
会いたいよアグモンに。

太一が震える声で小さく呟いた言葉に答えてくれるあの陽気な声はなく。それでもその場に立ち尽くすしかない太一に、掛けてくれる声はあった。

「なにやってんだよ、お前」

驚いて振り向くと、そこにいたのは金髪の少年。あの時から太一の親友だと自他共に認めている存在だった。
「ヤマト…」
「お前馬鹿か?親御さんやヒカリちゃんに心配かけて、俺達まで巻き込んで」
きっと全速力で走ってきたのだろう。ぜぇぜぇと息を荒くしながら、こめかみからは冬では不釣り合いなくらい大量の汗が流れている。
少し折った膝に両手をついて息を整えるヤマトを、太一はただ呆然と眺めていた。

なんでここに。
だって今は正月で、ふつうは家でゆっくりしているはずで。

太一が微動だにしないで、そんなことを考えていると、それまで顔を俯けていたヤマトがすっと顔を上げた。もの言いたげな青の瞳に射貫かれて、太一は少し肩を震わせた。
「…っの馬鹿」
吐き捨てるようにそう言ったヤマトに、太一は何も言い返すことができなかった。しかし、ヤマトは太一の様子なんか知ったこっちゃないといった様子で息を深く吐いた後、淡々とした口調で続ける。
「…会いたいのがお前だけだと思うなよな」
「……………」
「俺だって、会いたい」
ヤマトは苦しげに顔を背けた。それを見て、太一ははっとした。

――――そうだ、俺は、相棒(アグモン)はいなくても、"仲間"がいたんだ。

その事実に思い至って、太一は目頭が熱くなる感覚に陥った。そうすると、ヤマトから太一の方へ腕が伸びてきて。

「…何泣いてんだよ、馬鹿野郎」
ヤマトにそう言われてから、太一は自分が泣いているということに気付いた。肩をぽんぽんと叩かれる。そこでやっと、太一は泣き声混じりの呻き声を出せたのだ。



しばらくヤマトの隣で泣いて、やっと泣き疲れた頃、ヤマトがポツリと呟いた。
―――「届けてみるか」と。
最初は”何”を届けると言っているのか、わからなかった。しかしヤマトが懐から一枚の紙を取り出して、何かの形に折り始めた時、ようやくヤマトの言葉の意味が分かった。
「紙ひこうき?」
「そっ」
ヤマトが折り終わった紙ひこうきを宙に向かって勢いよく投げる。それはくるりと一回転してから、数メートル先にカサリと落ちる。
「届くかもしれないだろ?」
あいつらにな、とニヤリと悪戯っ子のような笑みを見せる親友の顔を十秒程見つめた後、太一はふいに笑いが込み上げてきた。
「おっ前、さすが俺の親友だな」
「…?どういう意味だ?」
「たまに突拍子のないこというよなってコ・ト!」
おい、と半眼で睨みつけるヤマトに、太一はいつものニカリした笑顔を見せた。そして、勢いをつけて立ち上がる。
「やろうぜ」
自分に向かって手を差し出す太一にヤマトは小さく笑って。
「おう」
とその手を掴んだ。

その時。
「自分達だけでやるつもりですか?」
「ずるいわ、私達だって必死に太一を探してたのに除け者だなんて」
二人の後ろから聞き覚えのある声がかかった。振り向くとそこにいたのは、年下の後輩やら同級生の女の子やら年上の先輩やら見覚えのある面子で。
「お前らっ!」
「太一さんもヤマトさんも狡いんだからっ!私だってパルモンに会いたいもんっ!」
「そうだよお兄ちゃん。僕、ずっと神様にお願いしてたんだよ」
「私だってテイルモンに会いたい、お兄ちゃん」
「紙ひこうきだなんて確かに突拍子もない案だけど、やらないよりいいんじゃないかな。もしかしたら届くかも知れないしね」
口々にそう言う彼等を見遣ってから、太一とヤマトは顔を見合わせて笑った。
そして。
「んじゃやるかっ!」
力強くそう言い切った少年は、先ほどまでの弱りきっていた少年ではなく、あの時彼等を先導していったリーダーの少年の姿だった。


石段の1番上に横一列に並んで、子供達は紙ひこうきを構える。
それぞれの紙ひこうきの中には、それぞれが自分のパートナーデジモンに宛てた文章が書かれていて。
届きますように、と強い想いを込めて、自身の紙ひこうきを握った。
「よし!投げろ!」
その太一の合図でみんな一斉に紙ひこうきを空へと放った。ゆらゆらと頼りない力で飛ぶそれを、みんなが一心に『飛べ、飛べっ!』と念じる。
その願いが通じたのか、強い突風が吹いて、彼等の紙ひこうきを空高くへと舞い上げた。
あっという間に見えなくなった自分達の紙ひこうき。それをしばらくの間見送ってから、子供達は自分達の家へと帰って行ったのだった。

――――――――空高く舞い上がった紙ひこうきが、自分達の大切な存在へと届くように祈りながら。






・・・・・・・・・・・・・




・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・



・・・・・・



・・・・



・・・


・・








空は限りなく青い。
広い広い空を焦がれるように見つめるのは、君が空へと帰ったからだよ。





オレンジ色の小さな恐竜のような姿をした彼は緑が広がる草原に寝転んでいた。サラサラと吹き抜ける風を身体に受けて、彼は無邪気な笑みを浮かべる。

『気持ちいーだろ?アグモン』

かつて横で寝転んでそう言った君は、今はこのセカイにはいないけれど。

「うん、たいち」

君はいつまでも僕のとなりにいるよね。
そして僕も君のとなりにずっとずっと居るよ。



自分のパートナーを思い出して、アグモンは心がポカポカした気がした。胸に灯る温かな想い出に小さくクフフッと笑い。アグモンはニッコリと笑みを浮かべて、寝転んだまま大きく伸びをした。

とその時、急な突風が横から吹き付けてきて、辺り一面の草木を激しく揺らした。一瞬ザワッと唸った木々を見上げてから、アグモンはポカンと口を開ける。

アグモンはすぐ近くにあった木に何か白いものが引っ掛かっているのを見つけたのだ。


「…?」

見たことのないソレを少しの間見上げてから。

「よいしょっ」

アグモンは木によじよじと登り始めた。
長い爪が少し邪魔でなかなか登れなかったが、なんとか登り終えたアグモンは木の枝伝いに白いそれに近づいていく。
そして風に飛ばされないうちにそれを手に取って、丈夫そうな枝に腰を下ろした。

「なぁに?これ~?」

みたところ三角のような形に折られたものだった。それを暫く上から、下から、と観察した後、ふと折られたところを開いてみる気になった。
カサリと小さな音を立てて開かれた中には、黒い記号みたいなものが書かれていて。でも見たところ、それはデジモン文字ではない。


「~~よめない~!」

だから当然アグモンには読める訳がなくて。それでも面白いものを見るようにしげしげと上から眺めていると、白いものの下の方に見知った記号を見つけた。

そう、これは――――――。



『いいか?アグモン。これが俺の名前』
そう言って、太一は地面に木の棒で"たいち"とゆっくり書いた。アグモンはわくわくした気持ちでそれを眺めていて、太一に続いて"たいち"とそれを読み上げる。
そして書いてみろよ、と太一が言うのに従って、アグモンは指の爪で"たいち"と地面に書いてみた。

なんだか面白い。
それに太一の名前を書ける自分がすごく誇らしくなった。

その後も太一はアグモン、ヤマト、空、カブモン、ピヨモン、光子郎などの名前を順に書いていったが、太一の名前にずっと気を取られていたアグモンはよく覚えていなかった。

でも太一の名前だけはちゃんと頭の中に残っていたのだ。



白いものの下方に書かれていたのは、アグモンの頭にずっと残っていた"たいち"に違いなかった。

「たいち…?」

もしかして、たいちなの…?


アグモンの声には、喜びの色が含まれる。
紙を持つ手が少し震えた。だがそれも仕方なかった。
なにせ、太一と会えなくなって、もう数ヶ月なのだ。


"たいち"と書かれた記号の横には右向きの矢印が引っ張ってあって。その隣には、オレンジ色の身体で大きく開いた口には白い牙が生えた何か、多分生き物が描かれていた。

「…?」

オレンジ色…。

アグモンは自分の身体を見下ろして、小首を傾げた。見下ろした先にあったのは、オレンジ色のてっぷりしたお腹。
それを確認して、アグモンはクリクリした目を大きく開けた。

もしかして。
この白いものに描かれたオレンジ色の生き物は。

「ぼく?」

“たいち”→”ぼく”。
そこまで思い至って、アグモンはようやくこの白いものが太一から自分に送られてきたものだと理解した。

途端に嬉しくなって、またクフフッと笑う。
太一が僕にくれたもの。全く読めないけど、これはぼくの大事なものだ。

白いものを胸にぎゅっと抱いて、アグモンは空を見上げた。


たいち、きみはこの世界にはもういないけど。
またいつか会えるって信じてるよ。


「ありがとぉ、たいち」

大好きで大事なパートナーへ。


―――――-―「「また会おう」」。








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太一はデジタルワールドへの執着が人一倍強いと思う。
それはあの世界に必要とされていたという自負と、自分の分身への強い思いから来てるのかなぁと思ってみたり。
ちなみにこの時点では、まだ彼らはデジタルワールドへ再び行けていません。時間軸でいうと、デジタルワールドへ行って帰ってきた年の正月ってところかな。
しかしなぜ私が書く太一さんはあまり男前でないのでしょうか…(ションボリ)。



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Love is being stupid together.(光ミミ)


無神経で、情緒なくて、女の気持ちなんてこれっぽっちも分かってないくせに、
私は昨日より今日、今日より明日ともっともっと光子郎くんのことが好きになる。

―――こんなに夢中にさせて、いったい私をどうするつもり?








Love is being stupid together. 1





おもしろくない。
心底、文字通り心の底から、おもしろくないっ!


「泉くん、ここってこれで答え、合ってる?」
「どこですか?―――あぁ、そこは…」

「泉くんに薦められたこの本、昨日読んだよ。解釈が新鮮でおもしろかった」
「そうですか。その本が好きなら、同じ作者の○○っていうのも面白いですよ」
「そうなの?今度、読んでみるね」


「~~~なによ、光子郎君の馬鹿っ。私にはあんな風に話したことないくせにっ!」
楽しそうにしちゃってさ、とぶー垂れた顔で、ミミは低く呟きながら恨めしげに彼らを睨んだ。
楽しげに話に花を咲かせる彼らのうち、ひとりはミミの最愛の彼氏―泉光子郎、もうひとりはこのクラスの学級委員長―倉敷ゆりである。

最近、光子郎と委員長は休み時間などに談笑することが増えて、密かに噂に上がったりしていた。いわく、「あの二人、最近仲良くね?実は付き合ってんじゃないの?」と。
光子郎と付き合っているのは本当はミミなのだが、光子郎が公にしたくない(=ミミは目立つので絶対下世話な話のタネにされるから)という理由で渋々これまで隠してきたのだが。

(私と付き合ってるって知られるのは嫌なくせに、自分が他の人と付き合っているって噂されるのはいいわけ!?)

光子郎には、委員長と図書館で意気投合したと聞いてはいた。なんでも委員長は隠れパソコンオタクであったらしく、最近のパソコンの性能について熱弁をふるい合ったのが、そもそもの発端らしい。
そう聞いてはいたけれど、ミミの不満は募り積もっていく。
さも仲がよさそうに、二人だけしか入り込めない空気を作られるたびに、ミミはギリギリと歯軋りせんばかりに悔しがった。

―――光子郎の隣(そこ)は本当は私の場所なのに、と。

唇を噛み締め涙目のミミを見かねて、ミミと光子郎の実情を知る隣のター子(本名:桜井貴子)は苦笑した。

「ミミ、顔、いくらなんでもその顔はヤバいわ」
「たーこぉぉ…だってぇぇ…」
「心配しなくても、泉なんて誰もとらないって」
「じゃあ、委員長はなんなのよぉぉぉ…」
「えー…ただの友達なんじゃないの?」
「友達…?」

友達ってあんなに仲良いものなの?というか、男女の友情って成り立つの?、と矢継ぎ早に質問を繰り返すミミを、貴子は呆れ顔でどうどうと宥めた。

「そりゃ、ミミみたいのとは男女の友情は成り立たないのかもしれないけどさぁ」
「なにそれ、どーゆー意味よぉ!」
「そーゆー意味よ。つか、そんなに気になるなら、本人に訊いてみればいいじゃん。―――『浮気?』って」
「――友達との仲も認められない心狭い女だって思われたくないからイヤ」
「ミミ、実際、嫉妬深いのに?」

いまさらじゃん、と貴子は首を振った。つーか、泉相手にそんなに心配にならんでも大丈夫だってというのが、彼女の本音である。
むしろ心配しなくちゃいけないのは、本来なら光子郎の方なのだ。ミミは自他共に認める、クラス―さらには学年で知られる美少女で、公然と、または密かに、惹かれている男子も多く、それゆえに彼女に近づく輩も多い。
貴子のミミみたいのとは男女の友情は成り立たないというのは、ミミのモテッぷりによるものだ。ミミの男友達は多いが、蓋を開ければどいつもこいつもミミに下心を持っている輩ばかりで純粋な友情とは言えない。ミミもそこらへんを熟知しているので、彼女から積極的に男友達を作ろうとはしていない。
それなのに、本来ミミ相手にハラハラするはずの光子郎が飄々としていて、モテモテであるミミが今光子郎相手にギリギリと焦れているなんて、

「(変なカップルよね…)」

貴子はミミを宥める顔の下で呟いた。


* * *


ミミも行動しなかったわけじゃない。
学校で二人の関係を秘密していても、全く話さない訳じゃない。
それに小学校からの幼馴染だとは公表していたから、たまになら平気だと光子郎を言い包めて、一緒に帰ることもあった。

<光子郎くん、今日一緒に帰ろ>

授業中、机の下で光子郎にそうメールした。わざわざ授業中にメールをしたのは、休み中だとあまり長い間メールしていると誰としているのかと気にする人が、何人かは必ずいるからだ。
無粋だとは思うけれど、人懐っこいミミの性格がそういう無粋なことでも訊きやすい雰囲気を醸し出しているのかもしれない。ミミはこういうときばかりは損な己の性格に嘆息した。
と、その時、手に持った携帯のショーウィンドウがチカチカと点滅した。ミミはいそいそと携帯を開いて、新しく来たメールを開く。いわずもがな、送信者はミミのお目当ての彼だ。

<すみません、今日、部活です>

いつもながら、つれない光子郎の態度に肩を落としたが、ここで引き下がってなるものかとミミは勢い勇んで返信を送った。

<待ってる>

光子郎からの返事は間もなく来た。

<今日は部活終わるの、六時すぎですし、多分僕は七時過ぎるので、先に帰って下さい>

ミミはその柳眉を顰めて、携帯のディスプレイを睨めつけた。
また、この断り文句なのか。これで断られるのは通算3回目だった。

<私はその時間でも大丈夫だもん。だから待ってるって言ったら、待ってる!>

そうは送ったものの、ミミにはこの後の展開も容易く予想できた。どうせ、ならば誰か他の人を迎えに寄越しますって言うのだ。

<なら、太一さんにミミさんの迎えを頼みます>

光子郎から新たに来たメールに、ほら、やっぱり、とミミはいっそ悲しくなった。そこまで私と帰りたくないのか、と。
別に外で待ってるわけじゃないんだから、七時くらいなら大丈夫なのに、なんでそう頑ななのか、ミミにはそれが分らなかった。まるで、見られたくないものであるみたいに――。

(……まさか)

ミミの脳裏に浮かんだのは、ゆりと密会している光子郎の姿だった。
彼女と逢ってるの、とメール画面に途中まで打ち掛けて、慌ててその文を消した。心の中が黒くドロドロしていく。
光子郎に限ってそんなわけないと考えるけれど、それが徐々にドロドロしたものに呑まれていった。
女子とあんなに話している彼をミミは知らない。余程、趣味が合うのか、気が合うのか、それとも元から相性自体がいいのか。
それって私より?と思い至ったところで、完全に黒に呑まれた。

(――光子郎の浮気者)

内心で低く呟いたその言葉をそのままメールに打ち込んで、ミミはそれっきり携帯を閉じた。
やがてそのメールを受け取った彼が、画面を見て目を見開いた後、パッと顔を上げた。そして訝しげな視線をミミに向け、

――ミミさん…?

声を出さずに彼が確かにそう言ったのを、ミミは目の端で見悟った。


* * *


「ター子、帰ろ」
「いいけど…、ミミ、泉はいいの?」
「いーの」

ツンとしてそう告げたミミを見て、貴子はアイツ一体何したのよと帰り支度をする光子郎に視線を投げた。
あのメールの後、光子郎は珍しいくらいミミに話しかけ、最後のメールの詳細について尋ねようとした。が、ミミの方も珍しく光子郎に冷たい態度で、彼の方を一瞥した後、一貫してツーンとしていて全く取り合おうとしなかったのだ。
それを何度か繰り返し、付き合いの長さで今日はもう駄目だと諦めたのか、その後は疲れたようにミミを見つめるだけに留めている。
アイツ、賢いのか、馬鹿なのか、時々分かんなくなるわ、と貴子は呆れ果てて物も言えなくなった。
勉強面や他に才を見ないパソコンの知識だけで見るなら間違いなく賢い部類に入るけれど、人の機微に疎いところや無神経にモノを言うところを見ると、実は馬鹿なんじゃないかと思えてならないのだ。
ますます貴子にはミミが光子郎のどこがそんなにいいのか理解らなくなった。

と半ば愚痴っている間も貴子が呆れ眼で光子郎を見やっていると、支度が終わったのだろう、彼は鞄を持って席から立つ。
そこへミミを悩ませる件の人物が光子郎に「また明日」と挨拶し、彼もそれに返した。
そのやりとりで隣のミミの負のオーラが増したのを肌で感じ、貴子はいっそ洗い浚い光子郎にぶっちゃけてやりたくなった。
そもそも、当人のひとりが、状況を分かっていないからこうなるのだ。ミミが何故こうも不機嫌なのか分かれば、少しは泉も行動を改めるだろうに。

「(もう今、言ってやろうかしら)」

二人(というより光子郎)が本来の関係を隠しているのを無視して、この場で全てを言ってやりたくなり、実際、喉まで言葉が出かかった。
生憎、ミミに了解をとってないけれど、もうこの際バラしてしまってもいいだろう。ごめんねと心でミミに謝りながら、隣の彼女を垣間見て。次の瞬間、出かかった言葉は喉の奥にそのまま呑みこまれてしまった。

「え、ちょ、ミミ!?」
貴子は仰天した。なぜなら、隣のミミはボロボロと大粒の涙を零しながら泣いていたからだ。
ヒッヒッとしゃくり上げながら、ミミは戦慄(わなな)く唇を噛み締め。
それでも瞳は鋭く一点のみを睨んでいた。
やがて彼女はふっくらした桃色の唇をガバリと開き、勘弁ならなくなって大声で叫んだのだった。


「光子郎くんのっっ、うわきもの―――!!!!」


叫んだっきり、ミミはしゃがみ込んでわんわんと大声で泣き始めた。泣きながら、ミミは「馬鹿」だの「唐変木」だの言い連ね、ひたすら光子郎を詰(なじ)っている。
――周囲は唖然の一言だった。
ミミが泣きじゃくっているのも、その直前の彼女の言葉も、何もかもが想定外すぎて、教室内はミミの泣き声以外、水を打ったように静まり返っていた。
彼女を遠巻きにしながら、クラスにいる人間は皆、視線で「どうする?」「いや、どうもこうも…」と会話し合い。
そこへミミが泣きだす直前、教室の戸口から出ようとしていた光子郎が、戻って来て人と人の間からひょっこりと顔を出したのだ。
あ、と彼の顔を見た人間は当事者の登場に何も言わず道をあけた。

「ミミさん」
うまい具合に空いた人の合間を縫って、ミミの前まで辿り着いた光子郎は、彼女の前に片膝をついて、彼女の名前を呼んだ。
そのかつてないほど優しい光子郎の声音に聞き留めた人間はギョッとし。
光子郎は俯いて泣きじゃくるミミの頬に手をあて上を向かせると、彼女の顔を覗き込みやんわりと目を細めた。

「ミミさん、泣かないでください」
「こーしろー君……」

光子郎が現れて、ミミは泣き顔をぐしゃりと歪ませた。ヒックと大きくしゃくりあげ、「こーしろーのバカぁぁ!」と甲高い声で叫んだかと思ったら、目の前の光子郎の胸板を両手で強く叩き。
そのまま彼女は光子郎の首筋に顔を埋め、なおもしゃくり上げていた。
光子郎は小さく嘆息し、己の首筋にある頭をゆっくりと撫でる。

「相変わらず、君は泣き虫ですね」
「……光子郎くんのせいだもん」
「はいはい」

軽く肩を竦めて、光子郎は「とりあえず場所、移しましょうか」とミミを立つように促す。しかし、ミミはそのままの体勢にまま、光子郎にしがみ付いた。
ちょっとミミさん、と光子郎がミミの細い肩を掴んで引きはがそうとしたが、ミミは頑として彼の背中の服を掴んで離さなかった。
そして、抱きついたまま、ミミはテヘッと愛らしく笑う。

「なんか、力ぬけちゃって立てない。光子郎くん、運んで?」
「ミミさん…」
「お願い、ねー、光子郎くーん」
「君って調子いいですよね…」

深ーく溜息をついて、光子郎は「仕方ないですね」と諦め顔でミミを抱きあげた。所謂、姫抱き、お姫様抱っこである。
その瞬間、教室内はもう阿鼻叫喚。それまでもなんだか二人の雰囲気にあわあわしていたクラスメートたちは、初めてみたお姫様抱っこに悲鳴と歓声を上げた。
ちなみに悲鳴を上げたのはミミのファンの男子で、歓声を上げたのはクラスの大多数の女子である。
そんな囃したてる野次馬たちを気にも留めず、光子郎はミミに荷物の所在を訊いた。

「ミミさん、荷物どこですか。今日はもうこのまま教室出ましょう」
「分かったー。んーと、荷物は…」
「はい、これ」

ミミが自身の机に目をやる前に、貴子が光子郎にミミの荷物を手渡した。そして、真っ黒い笑顔を光子郎に向ける。案の定、目が笑っていなかった。

「これ以上、ミミ泣かせたら許さないからね」
「……肝に銘じておきます」

渋い顔で了解し、貴子に軽く頭を下げて、光子郎は踵を返した。そうして、教室の戸口までの人と人の僅かな合間を歩いていく。

「ちゃんと掴まっていてくださいね」
「うん」

光子郎の言に、彼女も大人しく――というには語弊があるキラッキラした満面の笑みで彼の首に掴まった。実に幸せそうな友人の姿に、貴子も脂を下げた。
戸口に向かう間にも、彼らは「ミミさん、なんか重くなったんじゃないですか…?」「失礼しちゃうわね―!!光子郎くんの馬鹿!無神経男!」「はいはい、それはすみませんでした」とそれはもう和気藹々と痴話喧嘩を繰り広げていた。
そうしてまもなくし、教室の戸口に辿り着いた二人は、くるりと振り返り、

「それじゃ、お先失礼します」
「じゃね、みんな!」

とにこやかに去っていったのだった。
残されたクラスメートたち。彼らは皆一様にブルブルと震えていたが、机を勢いよく叩く者、床や壁を力の限り殴る者、口元を覆う者と、行動は様々だ。
ややあって、クラスメートたちは一斉にガバッと口を開き、心のままに叫んだ、

「バ カ ッ プ ル か !!!!」

――――と。




「くっそ!!なんなんだ、あいつら、なんなんだ、あいつら!!!」
「雰囲気が甘過ぎて、砂吐くかと思ったわ!!」
「もう付き合ってますよね!!つか、付き合ってなくちゃなんなの!!」
「凄いもん、見たわぁー」
「明日朝一で、尋問決定だなー」
「よし、今から質問内容考えようぜ」
「さんせーい」
「それどころじゃねぇよ…。くそぅぅ、太刀川が…俺の太刀川が…!!」
「お前のじゃねぇよ、俺のだ」
「お前のでもねぇよ、死ね」
「というか、あれ、だれ?泉君の皮を被った誰か?」
「案外、そうかもしれないね…。それか、気がふれた泉君か、ネジが数本外れた泉君」
「どっちにしろ、正気じゃないのかよ」
「ネジを数本とっただけで、アレになるのか…。恐ろしいな…」
「部品って…大事だよね…」
「そうだな…」


もう帰宅どころではなかった彼らの口論は、それから数時間続いた。









(つづく)


ポール・ヴァレリー、恋の格言より。

私はこんなカップルを目の前で見たら、「ちっくしょう!リア充、末永く爆発しろ!!」と叫ぶと思う。




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Good-bye My Honey....(太空)

誰も傷付けずに生きられれば良かった。

誰も傷付かない愛があれば良かった。





Good-bye My Honey....





燦々とした日の光がカーテンから漏れ入る。
それはチクリとした痛みを伴い、俺の目に飛び込んでくる。

「…ん」
そうすると比例して、俺の意識はだんだんと覚醒を始める。
しかし、それとは裏腹に目覚めたくないという本能の方が今は勝っていたようで、眩しさから逃れるように布団に深くもぐり込んだ。

まだ寝ててもいいだろう、休日だし。

布団に身を埋める。
あぁ、幸せってこういうことをいうのかな。
再び意識がまどろみ始める。

と、
「太一~そろそろ起きなさーい」
下の階から母さんの叫ぶ声がして、意識はまた急上昇せざるを得なくなった。
仕方無く、布団の中から腕だけを伸ばして、頭上にあるはずの目覚まし時計を取った。
いつもはこれが、けたたましく鳴って、俺に起きろと急き立てるけれど、今日は休日なので、セットしてない。
つまり鳴ることはない……のだが、変わりに母さんに起こされたようだ。
眠さから再び閉じそうな目を根性でこじ開け、時計の表示を垣間見た。

8:30過ぎ。―――これはまだ、なのか、もう、なのか。

いつもより遅いが、昨日(・・)の疲れを考えると、もう少し寝ていてもバチは当たらない気がする。
うん、当たらないよな、絶対。
そう結論付けて、俺は魅惑の布団の海に再び溺れた。あぁ、幸せだ。
徐々にまどろむ意識。もう少しで暗転しそうになったところで、階下から母さんの怒号。

「たぁいちぃいいい!!早くご飯食べなさぁい!!」
「………」

それは母さんの仏の顔が崩れる最後通達に等しかった。思わず、はぁと溜息をつき、ようやくそこで俺は起き出したのだった。





気だるげに階段を降りていくと、丁度母さんは玄関から出ていくところだった。
珍しく綺麗に着飾った彼女の背中に向け、何気なしに問いかける。

「母さん、どっか行くの?」
「…あれっ? 言ってなかったかしら。今日は太刀川さん、武之内さんとお食事に行くのよ。というわけで帰りは遅くなるから、ヒカリにもそう言っといてね~」
パンプスに足をとおした彼女はルンルンだった。年甲斐もなく、と思ったのは母さんには永遠に秘密だ。
「で、そういうヒカリは?」
「部活ですって」
「ふぅん…」
じゃ行ってくるわね、ご飯ちゃんと食べるのよーと母さんは揚々と出掛けていった。
玄関でそれを見送ってから、とりあえず俺は用意されてるであろう朝食を食べに台所へと向かう。
テーブルの上にはトーストに目玉焼き,サラダ,麦茶と、明らかに手抜きしたことが分かる料理が並んでいた。
それに半分呆れながら、椅子に掛ける。




半焦げの目玉焼きを口に運びながら、俺はらしくもな落ち込みきった溜め息を吐いた。

さっき武之内と聞いて、胸がズキリと痛んだ。




昨日の出来事が頭にこびり付いて離れない。
それは空の一言から始まった。
『ねぇ、太一。私の最後の願い、叶えてくれない…?』
めったに見ない彼女の嬌笑に圧倒された。
それで、つい放心状態で頷いてしまった自分が今でも憎い。

彼女は嬉しそうに笑って、ただ一言『抱いて』と言ったのだ。





カチャカチャと大袈裟に食器の音を立てて、沈んだ気持ちで食事を続ける。
でも、あまり食べた気がしなかった。
舌が麻痺したみたいに何の味もしない
だんだん物を口に運ぶのも億劫になってきた。

でも手を止めることをしないのは、食器の陶器と鉄が当たる音で、頭の中を廻る、昨夜のノイズ(音や声)を遮る為だった。




頷いてしまったら、従わざるを得ない。

それは誰とでも寝ると決めたときに最初に定めた俺のポリシーだった。
そしてそれは相手が空(・・・・)でも、当たり前のように当てはまるのだ。
俺と空は近場のラブホテルに向かった。
正直、ラブホテルまで来て、彼女が怖じ気づいてくれることを頭のどこかで期待していた。
でも彼女はひどく緊張はしていたが、止めたいとは言わなかった。
それどころか『きて…』と無意識に震える甘い声で俺を誘った。


今でも耳に残る、それからの彼女の甘い声。
何度、俺の名を呼ぶあの唇に貪るように口付けたか分からない。
その度に酷くなる煽りに俺と空は最奥まで沈み込んだ。
そうして俺が欲しがったのは彼女のスベテ(・・・)。現実との隔たりは絶望的だった。

そう、俺は彼女とシたくなかった訳ではないのだ。
ただ恐かっただけ。
だって、あの行為は俺ら2人の道を完全に分離するためのものだったから。




大きな溜め息と共に麦茶を飲み干す。
既に3杯目だった。
それだけ飲んでも、喉が渇いて仕方が無かった。

普段、サッカーの後でさえ、こんなに喉の渇きを訴えることはないのに。
(あぁ、そうか)
そこで初めて"自分が"渇いているという事実に気がついた。





行為の後、彼女は泣いた。
何度も『こんなことさせて、ごめんなさい』と謝りながら。
なんだか無性に腹が立った。
謝る空にも、謝らせている自分自身にも。

『謝んなよ』
謝られると苛々が募るからとは言えず、ただ困ったように笑う俺に、空が顔を上げた。
『でも、』
空が抗議の声を上げて、俺を見上げる。
濡れた瞳にビクンと心臓が跳ねたが、敢えて何でもないように俺は笑い続けた。

笑顔を本物のそれと見分けがつかないように作るのが得意になったのはいつからだろう。

『まっいいんじゃないか?俺たち、お年頃だし』
にやりと不敵に笑ってやると空はすこしきょとんとした後、傍目からでも分かるくらい真っ赤になって、『馬鹿』と呟き俺を睨んだ。
白い肌がよりいっそう頬の赤みを引き立て、俺の目に焼きつく。

ぐらりと視界が歪んだ。


俺らは結局、ろくに会話もせずにその後の時間を過ごした。
ただ、どちらからともなく握られた、彼女の手の温もりが心に染みた。


やがて空は最後に『さよなら』と言って、一人ホテルを後にした。
最後に見せた笑顔は一点の曇りのない、とても綺麗なものだった。

空が去って、急に部屋が広く感じた。
まっ白い部屋にただ一つ溶け合わない俺の細い影は黒く濁って淀みをつくっていた。


しばらくした後、部屋をあとにする時になって、俺は戸口の横に部屋の料金全額が置いてあるのを見つけたのだ。





ふぅと息を吐き出し、空のコップに4杯目の麦茶を次いだ。

トーストや目玉焼きなどは既に胃の中におさめてあったので、コップだけ持って椅子から立ち上がる。とその時、メールの着信音がけたたましく隣の部屋で鳴り響いた。
麦茶片手にそれを取りに行って、流しに向かいながら、携帯を開く。

一通の未読メールの表示。
送信者には石田ヤマトと名が書かれていた。
またか…と思いながらも、慣れた手つきでそれを見、「なんだ、また誘いのメールか」と一言呟く。
今はそんな気分じゃないんだけどなぁ…とボヤキながら、どう返事をするかを考えた。
ちなみに返信しないという選択肢はない。だって後になってめんどくさいことになること請け合いだ。

「つか、今財布の中スッカラカンなんだけど」

苦笑いして、麦茶を一気に煽った。
流しに飲み干したコップを置く。
そしてしばらく携帯の画面を凝視して、ニヤリと笑った。
―――閃いた。
「ヤマトに空への金の返却のパシリをやってもらって、そのご褒美に誘いに乗ってやるか」
俺って冴えてるーと自画自賛してみて、返信メールの作成に入った。



「さてっと」
ひとつ大きく伸びをして。

ヤマトにメールを送りながら、リビングへと歩き出す。
ふと肩を震わせて泣く、一人の少女の後ろ姿が脳裏に浮かんだ。

アイツ………多分泣いてんだろうなぁ。

携帯をたっぷり十秒見つめた後、おもむろにアドレス帳を開く。

―――駄目で元々、丈に頼んでみるか。
アイツなら迷いなく、託せるから。

そう思って、胸が苦しくなった。キリキリと細紐で締めつけられるのは、俺の未練がましい心か。
それを瞳を閉じて奥に沈めこんで、ぽつりと呟いた。

「優しくしてやってくれよ。アイツはホントにいい奴なんだ……」

震える唇を無理矢理笑みの形に引き結ぶ。傍から見れば、さぞ滑稽だろう。けれど、こうしないと俺はきっと崩れる。
自分が脆いことはよく知っていた。


やがてお目当ての名前を見つけた俺は、幾ばかの苦悶ののち、メール作成ボタンをカチリと押した。










一応、太一→←空。太一総受け前提で(爆)。
やっぱり報われない太空。私の書く太空ではそれがデフォな気がしてきた…。

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僕らは「ピーターパン症候群」(太一+ヤマト)


なんかさぁ、俺らって、滑稽だよな。そう言って”現在”の少年たちは自身らを嘲笑う。
すると、コッケイだね。そうやって”過去”の少年たちは酷評を返すのだ。



冬もようやく終わろうという2月の末。ビュウビュウと風が吹き抜ける屋上で、少年が二人フェンスに背を預ける形で座っている。現在、屋上にいるのはこの二人だけ。というのも、この寒空の下、わざわざ昼ご飯を屋上で食べようという物好きは、そうそう居ないからである。
やはりというか、当の物好きの一人である茶髪の暴発頭の少年、八神太一も自身の腕をしきりに摩りながら、「さっびぃ!」ともう一人に向け不満を叫んだ。すると太一の横の金髪で端麗な容貌を持つ少年、石田ヤマトが「たりめぇだ。今、2月だぞ」と顔を顰め、ツレナイ言葉を太一に向ける。そんな素知らぬ顔の相方に、太一はちぇ、と漏らして、恨めしげな目でヤマトを睥睨した。

「でもよぉ、あと何日かで3月だぜ? 3月っていったら、もう気分的にもカレンダー的にも春だろ?」
「まぁ、そうだな。……だがな、俺はこの14年間生きてきて、3月1日ぴったりに春がきたの見たことねぇよ」
「あぁ、俺もないな!」

あっけらかんとそう言いきった太一を、ヤマトは呆れ眼で見やった。そして小さく嘆息し、ふとフェンスの外に視線を流す。感情の籠らない瞳でヤマトが視線をやる先には、グラウンド、そして―――彼らの通った小学校があって。しかし太一はそんなヤマトの挙動を黙止し、「あーぁ、2年ももう終わりかぁ」とひとり呟いた。太一のその言葉に応えるヤマトの言はなく。彼らは暫く互いに沈黙を保ったままでいた。
そうしてその沈黙を破ったのは、やはり太一で。
「なぁ」太一はヤマトに目をくれなかった。そして淡々とした口調で彼は続ける。「――ヤマト、お前、進路希望なんて書いた?」
太一の問い掛けに、ヤマトは一瞬息を止めた。そうして、ややあってから静かに言葉を落とす。

「――H高。…音楽続けたかったし、それ以外に興味を持つにも都合よかったから」
「…そっか」
「お前は?」
「Y高。サッカー推薦」
「お前らしい進路な」
「お前こそな!」

ヤマトはハハッと笑みを零し、視線を太一に戻す。そうすると太一もニヤリと悪戯っぽく笑った。やがて、どちらともなくガシャンと勢いよくフェンスに体重を預けると、二人の笑声は呆れたようなものへと変わっていた。

「あーぁっ。なんか、俺、今、無性に馬鹿馬鹿しくなった!」
「俺もだ」

やけっぱちな太一の言葉に、肯定するヤマトの言葉。
彼らが無性に馬鹿馬鹿しくなったのは、自分の願いと進路との大きな食い違いに対してだった。

「…大人になんて、なりたくねぇなぁ」

未来に向かうための進路と、子どもでいたい自身の願いと。決して交わることのないこの二つは彼らの心を散り散りに引き裂いていく。

―――彼らは、”あの頃”には存在し得なかった越えられない恐怖にぶち当たったのだ。

太一は途方に暮れた顔で空を仰ぎ、ヤマトは鬱々とした気持ちで隣の校舎へと視線を送った。
「俺さぁ」やがて、いつもと変わらない声色で太一がぼやく。

「初めて怖いって思った、あの時。大輔たちが―――選ばれし子どもになったとき。だって…俺らのデジヴァイスじゃ、もうデジタルワールドには行けない」
「………」
「俺らってあの世界にとって、もう用無しなったのかなってさ。無性に………怖くなって」
「………っ」
「あぁ、俺らがもう子どもじゃなくなったからなのかもって、あいつ等のやり方見てたら、なんか妙に納得でき―――」
「…っもうそれ以上言うな…っ!」

滔々と心のうちを紡いでいた太一の声をぶった切る形でヤマトが叫んだ。その拍子に口を噤んだ太一は、悲愴な面をぶら下げたヤマトを暫く静観した後、小さく息を吐いて。
「……悪ぃ」
気まずげに視線を逸らした太一に、ヤマトは声を潤ませながらも虚勢をはった様子で噛みつく。

「っの馬鹿っ! 認めちまったら、それで終わりだろう…っ!」

ヤマトが項垂れさせた首を左右に勢いよく振って、もうたくさんだ、と掠れ声で嘆く。

「これから、後何回猶予があるか、分からない…っ!これから後何回、あいつ等に会えるのかも…っ。もしかしたら、もうこの瞬間には行けないかもしれない…。それすら、情けないことに俺たちは大輔たちがいないと知る術さえ、ないんだっ!」

ヤマトの痛みを孕んだ声が太一の耳朶を叩く。あの頃より幾らか低くなったヤマトの声は、あの頃のように内心を切々と語っているようで、どこか諦めを含んだ色をしていた。
あの頃と違い、彼らは既に諦めることを覚えてしまっていた。
子どもの頃、希望に満ちあふれていた世界は、次第に彼らに不条理を押しつけはじめる。しかし、彼らは段々とそれに呑まれながらも、各々が各々で息のしやすい生き方を模索していく。

それを、人は大人になったというのかもしれない。
――――でもさ、こんな悲しいことってあるか?

「あぁ、大人になりたくないなぁ…」
太一は春先の冷たい風に吹かれながら、青い空を仰ぐ。その空はいつかに自分らがあの世界から還ってきたもので。
そうして少年は、焦がれるように抜けるような空に手を伸ばし続けるのだ。

「……大人になんて、なりたくない…」
ヤマトは底冷えのするコンクリートに体温を奪われながら、隣に立つ小学校の校舎へと視線を送る。そこは唯一、あの世界と確かな繋がりがある場所で。でも自分らには、もう自身らの力でその扉を開く術はなく。
そうして少年は目の先にあるフェンスに手を掛け、羨むように小学校の校舎に視線を送り続けるのだ。






なんかさぁ、俺らって、滑稽だよな。そうやって”現在”の少年たちは自身らを酷評する。
すると、うん、コッケイだね。そう言って”あの頃”の少年たちは自らの未来を嘲笑う。
だって、諦めることを知った僕らは、もう僕らじゃないから―――――

そう考え未来を悲観するのは、実は”あの時から”の自分たちなのだ。









そう、僕らは「ピーターパン症候群」









太一+ヤマト。

タイトルにもなってる「ピーターパン症候群」という言葉は、私のデジ論の大前提です。前サイトのサイト名がこれだったのはそういう訳です。

デジタルワールドに行けるのは、この時点では、選ばれし「子供」のみ。
そう、子供である必要があるのです。しかし、子供・大人という概念は非常に曖昧。

この時点で太一たちは子供からの脱却を始めています。当人の意志と関係なく。
彼等はデジタルワールドでの冒険で、同年代の子供より精神的に成長してしまいました。が、彼らは子供に括られなくなることが恐ろしい。だって、大人になると彼等はデジタルワールドにとって異分子となってしまうから。

そんな葛藤を描いたのが今回の小説なのです。

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エンドレスマインドゲーム(光ミミ)


「こーしろー君ってアクシュミよね」
「……なんです、また藪から棒に…」

ほんのつい先ほどまで、此処で二人でデートをしていて、それなりに楽しくお茶と談笑などをしていた。
そこへ、また彼女の口から突拍子もない言葉が飛び出した。それが上記の『僕が悪趣味だ』という言葉。
ミミさんは「だって考えてもみてよっ!」と興奮した口調で、僕が悪趣味たる所以(ゆえん)を甲高い声で語る。

「だって目玉焼きにポン酢よ、ポン酢!それは鍋とかに使うものよぉ!」

ミミさんは「信じらんなぁいっ」とそう言って、自身の腕を上下に摩った。よくみるとその腕にはボツボツと鳥肌が立っていて。
……鳥肌が立つほど信じられない味覚だとでも言いたいのだろうか。全く失礼な。
途端、僕の機嫌は急下降した。いい加減、その話題に嫌気がさして、「余計なお世話です」と彼女に一言しその話題を終わらせようとした。が、そこで不意にあることを思い出した僕はその言葉を言わず、代わりに眉頭をギュッと寄せたのだった。
僕を悪趣味だとのたまっている彼女こそ目玉焼きに納豆と砂糖をかけて美味だと言う最大の問題児(味覚が壊れているという意味で)だったような気がするのだが、それは僕の思い過ごしか。――――いや、絶対に違うだろう。あの時の衝撃はそう簡単に忘れない。
彼女はまだひっきりなしに『僕が悪趣味だ』と繰り返していた。そんな彼女に、僕が苦い顔で告げたことは。

「ミミさんにだけは言われたくありません。あなたも十分悪趣味の部類に入りますから」

と、そんな言葉だった。
寧ろ僕より上なんじゃないかなという考えは勿論口には出さない。言った直後、彼女得意の叫喚攻撃を受けるのは必至だからだ。事前の経験からそれを既に悟っていた僕が、むざむざ自分で墓穴を掘りに行くようなことをするはずもなかった。
達観した僕の考えを余所に、彼女は頬を膨らませ、「目玉焼きに納豆と砂糖、オイシイのよ?」と不満を漏らしている。…それ、"ミミさんにとっては"っていう条件がつきますけどね、絶対。大体それを言うなら。

「目玉焼きにポン酢だって美味しいですよ」
「えー、絶対変っ!」

口を尖らせて、文句を言う彼女に、別にいいじゃないですかと思った。
味覚の好き嫌いなんてもの個人の自由であるはずだ。
だから僕も彼女の味覚の不可思議さには付いていけなくとも、非難したことはない、、はずだ、多分。
彼女はまだ納得いかないのか、机に身を乗り出しながら、だって、とか、困るじゃない、とか、そんな言葉を頻りに口にしている。
―――って。

「困る?―――何が困るんですか?」

僕の味覚に関して、彼女が困ることがあるのだろうか。
そう訊くと、それまで引っ切り無しに動いていた彼女の口がぴたりと止まった。
そして、「あー」だの「うー」だの唸り声を上げながら、彼女はもごもごと言いあぐねる。その顔は珍しく真っ赤に染まっていた。

「ぅー…だって…困るじゃない…? 近い将来、その、、一緒に居る…かも、しれないんだから…」

彼女の途切れ途切れのその言葉に、僕は思わず目を見開いた。
近い将来、一緒にいるかもしれない、とはつまりそういうこととして受け取っていいんだろうか?
知らず知らずのうちに口元が緩んだ。
――こういう瞬間に僕は彼女を愛しく思うのだ。
無理難題を突き付けられて苛立つこともあるけれど、それでも付き合っていられるのはこういうミミさんを知っていて、尚且つそんな彼女を愛おしいと思うからだ。
「大丈夫ですよ」と僕は穏やかに笑って告げた。

「お互い少しずつ慣れていけばいいんですから」
「……うん」
「――僕もそのために努力します」

そう伝えると彼女はすごく晴れやかな笑みを見せた。
先程までと一転、俄然やる気が出てきたようで、「よーし!」との掛け声と共に握った拳を僕の方に突き出してみせる。

「私、今より一生懸命料理の勉強するわねっ! それで悪趣味な光子郎君でもぎゃふんと言わせるもの作っちゃうんだから!」

見てなさいよと彼女は愉しげに笑った。それに僕が可笑しくなって笑うと、彼女は「あーっ!私のせっかくの決心を笑ったわねぇ!」と声を荒げるから。
「違いますよ」と苦笑交じりにその理由(わけ)を告げるのだった。

「ミミさん。先ほどから僕のことを悪趣味悪趣味言いますけど。それからいくと、その悪趣味な僕がこよなく愛するあなたは相当なゲテモノということで宜しいので?」

「ゲッ…て、ひっどーい、こーしろー君の馬鹿!」


僕の前で頬を膨ませて拗ねてみせる"ゲテモノな"彼女は大変可愛らしかった。

(……まぁ、本人には言ってあげませんけど)















ゲテモノカップル、光ミミ。
このカプは、砂吐くくらい甘いっすね、相変わらず。
皆様、コーヒーなど苦いもので口直ししてくださいね(辛い物でもいいけど)。秋月も書き終わってから珈琲飲みました(笑)。
そういえば、目玉焼きにポン酢って意外と美味しいですよね。流石に砂糖と納豆は試してませんが、美味しいのかな。
試したって方がいらっしゃれば、ぜひとも感想のほどを教えてくださいっ!



(提供:リライト)







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Shiny Days 1 (太空)

少しヒールの高いサンダルが小走りするたびに軽やかな音を立てる。
向かい風を受けて茶色いスカートがひらりと舞った。














Shiny Days (前編)











目の前を埋め尽くすような人の多さに空はげんなりとして、溜息を吐いた。
今は9時15分前。
目的の場所までは走って15分かかるか、かからないぐらいで、遅刻ぎりぎりの時刻で。
こんなことならもう少し早く家を出発すればよかったと思ったが、あの状況ではそれも不可能だったことを思い出す。
昨日はたまたま泊まりに来ていたミミに恋人の愚痴を一晩中聞かされていたのだ。いや、それは別に遅れた理由には正確には関係ない。

寧ろいけないのは。

「今日の朝、突然『出掛けないか?』なんて電話してきた太一よ…」

身勝手な幼馴染みを恨めしく思って、ついいつもより低い声で呟いた。
そのあと横で電話を聞いていたミミが、「あら、デートのお誘いじゃない!!じゃあ目一杯着飾らなくちゃねっ、空さん♪」と異様な張り切りをみせ、第一回着せ替え大会が開催されてしまったのだ。
…………そこまで考えてでミミも遅れた理由に入ることに気が付いた。
なぜ自分の回り、というか、あの時のメンバーには変わり者が多いのかしらと頭痛のする頭を抱えた。

と、ふいに左腕にはめられた腕時計が目に入って、我に返る。
「(って現実逃避してる場合じゃなかった)」
一旦考えることを放棄し、空は目の前の人を左、右と避けながら、目的地に向かって走り出した。




* * *

ようやく待ち合わせの場所が見えて、空はホッと息をついた。
なんとか遅れずに済んだようで、乱れた息を整えながら、辺りを見渡す。
もう9時になるから、太一が来ていてもいい時間だ。

……………遅刻していなければの話だが。
どうせ、『悪ぃ、遅刻しちまったぁ』などとあっけらかんとした笑顔で宣うのよ、あいつは。

遅刻常習犯である彼の所業の数々をこれまで嫌って程見てきた空は、その状況がありありと想像できてしまい。自分で考えて腹が立ってきた。
あれだけ自分を走らせておいて、遅れるなんてこと絶対に許さない。

「(これで遅れたりしたら覚悟してなさいよ)」

そう心に決めて、前へ一歩、足を踏み出した。




* * *

「あっいた…」
目立つ茶の髪を持った彼はこの辺りでは1番目立つオブジェの前にいた。
半分遅れることを予想していたので、少し目を見開いてしまう。
だってあの太一が時間通りに来ることなんて、あまりあることではないから。

その時、太一の視線がこちらに向けられ。
何気ないその仕種にドキリと心臓が一つ跳ねた。

「(……って、なんで…?)」
心臓が跳ねた?幼なじみ(たいち)相手に?なんで、また。

よく分からないそれに内心で首を傾げながらも適当にやり過ごし、空は苦笑いで右手を少し挙げた。
すると太一の顔がみるみる不服そうに変わっていって。

そうして気怠げに近寄って来た彼は開口一番に

「遅ぇよ」

と言うのだった。




* * *

「ねぇ、なんで突然呼び出したの?」
横を同じスピードで歩く太一を見上げて、空は疑問に思っていたことを彼に尋ねた。
高校生になって、学校が別になったからか、空と太一が二人で会う機会は格段に減った。
それが今回、太一から突然の呼び出し。空の疑問は至極妥当なものだった。
空の問い掛けを受け、太一はチラリと空に目をくれてから、また前を向き直し、その疑問に答える。

「最近会ってないから、久しぶりに会いたいと思って」

彼の至ってシンプルな答えに、空は「ふぅん」と気のない返事をして、太一から顔を反らした。
すると急に口数が減った空を一瞥して、太一が小さく笑い。
「空」
そう彼女に呼び掛けた。

不意に名前を呼ばれて、再び太一を見上げることになった空の目の前にあったのは、あの頃より大分大人びた太一の笑顔だった。キュッと胸がつまる感覚がする。

「なっ何?」
それを知られたくなくて、慌てて取り繕うように言った空の言葉に、太一は笑顔を無邪気なそれへと変えて尋ねた。


「どこ行きたい?」




* * *

結局、遊びのプランは誘った太一ではなく、誘われた空が立てることになったのだった。
二人は映画を見た後、ウィンドウショッピングを楽しみ。そして今はマックでお昼ご飯を共にしていた。

「全く、呆れちゃうわ」
カフェオレ入りのグラスをストローで掻き交ぜながら、空は深く溜息をついて、そう言った。
言われた太一はハンバーガーに噛り付こうとしていたのを止め、胡乱げに目を細めて、首を傾げる。

「何が?」
まるで心当たりがありませんといった様子の彼に、空はまた一つ溜息を漏らす。

「あのねぇ、誘うなら何処に行くかぐらい考えときなさいよ」
まっ太一らしいけど、と続けられた言葉に太一は顔をしかめて、口を尖らせる。

「お前、俺がそういうの考えられるような奴に見えるか?」
「………全くもって見えないわね」

痛む頭に手を添えて(正確には額だが)、空が呆れたとばかりに大きく溜息も零す。それには太一へのちょっとした嫌味も込めていた、のだが。
それを読み取らない太一は「だろ?」と何故か得意げな笑みを浮かべた。

「"だろ?"じゃ、ないわよ。ちょっと直す努力をしなさいよ」
「俺は向かないことはしない主義なんだよ。それに、」
空が考えてくれるから、いんだよ。

ニカリといっそ晴れやかに笑ってみせた彼は、ちゃんと分かってるのだろうか。
それがどういうことを意味するのか、を。

視界がブレる。クラクラと世界が回る。その理由は出来れば暑さであって欲しかった。
空は、太一と交えていた視線を一旦反らし、喉の奥に溜まった唾を飲み込んだ。
そして。

「――――そ。」
動揺なんてしてない。決して心が揺さぶられてなんて、いないんだから。
思い込むように何度も何度も心の中でそう繰り返し、空は端的に太一にその言葉を返した。
素っ気ないくらいのその言葉に太一は決して気付かない。
空が圧し込めた気持ちになんて、彼は気付かなくていいのだ。

震える右手に持ったコップからカフェオレを一口啜り上げる。
そうしてゴクリとその液体は喉奥へと圧し込められた。

液体が減った拍子に、グラスの氷がカラッと小気味よく音を立てた。




* * *

「あれ、太一と武之内じゃん?」

声をかけられたのは、店に入ってから20分ぐらいしてからのことだった。
それまでお互いの高校についての話をしていた二人は聞き覚えのある声に上を仰ぎ見る。
そこにいたのは小学校、中学校が一緒だった元クラスメイトで。
「よぉ」と気安く返した太一と違い、空は特に取り留めて仲が良かった訳ではなかったので、ペコリと頭を下げるだけに留まる。
そのクラスメイトは二人を交互にやや見遣ってから、何でもないようにきいてきた。

「二人はデートか?」

瞬間、空の体温が上昇した。

「(な、ななんてことをいうのよ…!!)」
恥ずかしさのあまり、顔を上げていられなくて、空は赤らめられた顔を隠すために俯く。そして太一が慌てて否定してくれるのを待った。
しかし次に聞こえてきたのは空の予想に反した言葉だった。

「あー…うん、まぁな」

苦笑混じりで言われた太一の言葉に空の挙動がピタリと止まった。
空は無意識にいつの間にか顔を上げていて、太一を呆然と見つめた。
太一と彼が何か話しているようだったが空の耳には雑音としてしか流れてこない。


胸が。
胸が凄く、痛い。
壊れてしまうと心が悲鳴を上げている。
どうして、こんなに虚しいの?
ドウシテ―――…。


いつの間にか太一と元クラスメイトの彼の話に区切りがついていたようで。
「んじゃ邪魔したな」
そう太一に告げ、彼は自身らの席を離れていった。太一はそれを目で追いながら笑う。

「アイツ昔と全然変わってないなぁ。なぁ空?………………空?」

空からの返答がないことに不審に思って、太一は空に目を向けた。
名前を呼ばれて少ししてから、空は我に返ったように「え?」とキョトンとした顔を太一に向けた。
そして太一に何か問われていたこと理解して、慌てて適当な言葉を並べる。

「あっ、うん、そうね」

そう言って笑った彼女に、太一は眉間に皺を寄せた。
太一が急に顔をしかめたことに空は目を見開いた。

「――っ」
「そら」

太一は挙動不審な態度をとる空を問い質した。

「お前、どうしたんだよ」
「な、何が?」
「無理して笑ってる気がする」
「……そんなことないわよ?」

太一の鋭さに内心舌を巻きながら、空はいつもの笑顔を作ってみせた。
それでも太一の目はごまかせないようで、その瞳に鋭さが増していく。
その視線に空は耐え切れなくなった。
なんとしてもごまかしきらなくてはならないのに。
――――この"感情"は。太一に知られるなんてこと、あってはならないのだ。

空は太一の前でわざと左腕の腕時計に目をやってみせた。全ては帰る口実を作る為に。


「ゴメン太一、今日ちょっと用があったの思い出しちゃった。私、帰るね」

明るくそう告げ、横にある鞄を引っつかんだ。素早く席を立ち上がり、レシートを掴んで、会計へと向かう。
早くここから――太一から離れたかった。こんなに悲しいのが、何故かなんて分かりたくもなかった。
彼の前で泣くなんて、そんなことはしたくなかった。だって彼と私は幼馴染みという関係でしかない。そんな私が、彼に何を望んでいるっていうの。

と、その時後ろから手を取られる。
「そら!」
太一が怒りを露にした様子で空を見上げていた。
きっと彼には、用事のせいで帰るのではないことがばれてしまっているのだろう。
そのことを悟り、空は瞑目して、太一から見えないように情けない表情の顔を隠す。

まだ。
まだ、泣いちゃだめなのよ。

何度も自分にそう言い聞かせた。
せめて、この店を出るまでは。

空は自身の腕を掴んでいる太一の手を無理矢理振り払った。そうして彼に気丈な笑顔を向ける。

「太一、ありがと」
今日は楽しかった。

偽りの笑顔がどうか醜く歪んでないことを願った。

「会計は私が払っとくね?だから太一はごゆっくり」
捨て置くような心地でその言葉を紡いだ空はパッと身を翻し、太一に背を向けた。



やがて会計を済ませた彼女は何食わぬ顔でマックから出ていく。
その際にドアに取り付けられた鈴がチリンと空しく一鳴りし、そのドアは静かに閉ざされたのだった。






(つづく)







Shiny Daysは元サイトの小説を加筆修正したものです。ぶっちゃけ、まだ続きます。
最後らへん大分展開違うのですが、お気づきの方はいらっしゃるでしょうか?

つーか、サイトでのデジ小説は本当に久しぶりですな。日記ではつい先日書いたのですが。
太空はやっぱり切ない方が書きやすいです。なんて言う私は駄目駄目ですかね←
やっぱ、そろそろ太空の甘々を書いてみなくちゃダメですよねぇ。
ぶっちゃけ光ミミのあの甘ったるさが少しでもこっち(太空)に移行すればいいのに、なんて他力本願なことを考えていたりする。




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恋愛戦争 (ミミ→光子郎←ヒカリ)

休みの日って、短い。

学校の授業とかは、時間が経つのを凄く長く感じるのに。
私にとっての楽しい時間はすーぐ終わっちゃうのよ。
友達と談笑しているとき、とか、

あとは…
「光子郎君といるとき、とかっ!」

私がそう言うと、目の前でコーラのストローを弄くっていたヒカリちゃんがパチリと瞬いた。

「ミミさん?」
コトリ、と小首を傾げてみせる様は妬けちゃうくらい可愛い。
さらりと首筋を滑った、キューティクルたっぷりの髪は絡まりやしないし。
ホーント、羨ましいったらないわっ!

「でも光子郎君は渡さないもーんっ」
いーっ!、と口を横に引いて、私はヒカリちゃんに何度目かの宣戦布告をする。

すると彼女はキョトリと呆気に取られた後、その二重の瞳を顰めていく。
珍しく表情を表に出した彼女に、私はふふんっと鼻を高くする。

「光子郎君と1番仲がいいのは私だもんねー」
「…それはミミさんが同学年で、話す機会が多かったからでしょう…?」

そう言って、ヒカリちゃんは、ふて腐れたように口を突き出した。
確かにそうだけど、仲がいいってのはホントのことだもんね。
と、それまで得意げに笑っていた私を真っ直ぐに見据え、彼女が「でも…」と続ける。

「光子郎さんのこと、1番好きなのは私です」

「なんですってー!?それは聞き捨てならないわっ!光子郎君のことを1番好きなのは私だもんっ!」

だんっ、と机を叩き、ヒカリちゃんを睨みやる。彼女も負けん気を発揮して、睨み返してきて。
二人、そのまま暫く睨み合ったけれど。


やがて、同タイミングで吹き出した。

クスクスと笑い合い、あーぁ、と零すのは私も彼女も同じで。


「終わりっ!終了っ!」
「キリがないですもんね」

笑い過ぎて、涙が滲む瞳を拭って、ヒカリちゃんは肩を竦めた。

……ホント、全くね。しょーもなっ!

どっちの好きが大きいか、なんて今まで決着がついたことのない話題の一つだ。
それに、結局は彼の気持ちを得られた方が勝者なのだ。…どちらも敗者って可能性もあるけど。
彼の選択肢は二つじゃない。……というか彼が、恋愛に興味を示すのかさえ、謎だ。



―――あーぁ、全く。

「なんであんな唐変木を好きになったんだか」
「…同意見です」

ヒカリちゃんが神妙な顔で頷いた。
きっと彼女なりにも、思うところがあるのだろう。

まぁ……そうよね。仲間内にもヤマトさん、タケル君、賢君なんてイケメンが揃ってるのに。
ましてや、ヒカリちゃんはその内の二人と同年。

イコール、好きになる確率は高いってことなのに、選んだのはあの唐変木な光子郎君。
んで、この私とライバルなわけで。嘆きたくもなる、か。

私は心で一人語散た。


「でも…好きなんだから仕方がないですよね」

ふと、複雑そうにヒカリちゃんが笑った。
気付けば、それにコックリと頷いてる私が居て。

「…ま、ね」
好きになっちゃったんだから仕方ないのよね…。








それから。

話は異様な盛り上がりを見せ、
現在は光子郎君について二人で語らっているところ。


「大体ねぇ……光子郎君は狡いのよっ!だって、人には理解されにくい性格してるくせに、変なとこですっごく優しいのよ?」

堕ちない方がおかしいでしょう!?
つい感情的になり、声を荒げると、ヒカリちゃんが何度も頻りに頷いてみせた。

「分かります。それで、それが光子郎さんの素だから、惚れられるとは思ってないんですよね!」

あの人は天然のタラシですかっ!?
ヒカリちゃんが荒々しく机を叩いた。随分と気が立っているようだ。
しかし、それは私も同じで。

「そう、そうなのよっ!んでも、光子郎君、理解されにくいから、友達とかに言っても『ミミって趣味変わってるよね』って言われるのよっ!私は趣味変わってないのに!」
「…………いや、ミミさんは趣味変わってると思います。主に味覚の部類で……」

ヒカリちゃんがぼそりと呟いた。けれどそれは、いきり立った私の脳まで届いてこない。
そんな私を溜息混じりに見遣って、ヒカリちゃんは小さく息を吐き出した。
そして頬杖をつき、どこか遠い目をし、コーラをストローで掻き交ぜる。


「ホント、私達だけ、こんなに好きにさせておいて、当本人にその自覚がないなんて」

なんか悔しいです。
ポツリと零されたヒカリちゃんの一言に、私は一気に意気消沈した。


たしかに悔しい。めちゃくちゃ悔しい。
彼が私達の気持ちに気付いていない辺りが、特に悔しい。

――――――だったら。



「ね、ヒカリちゃん?」

「はい?」

「光子郎君に悪戯を仕掛けてやらない?」


私の告げた言葉に、ヒカリちゃんは目を見開いた。
やがて、その目が愉しげな色を映し。
口が三日月に象られていく。

「いいですね。やりましょうか」




あの愛しい唐変木に、心ばかりの想いを込めて。


受け取り拒否は出来ないから、







さぁ、覚悟なさい。








「それじゃ、明日、駅の前で―――――――――」
「でもそれなら、ロータリーの方が――――――――」



今日も、駅前のファミレスの一角では、愛しい彼を思って、うら若き乙女二人が話に花を咲かせている。




「OK!それでいこう」
「了解です」
「きゃあ、ヒカリちゃん、わっるい顔ー」
「ふふふ、ミミさんこそ」







さぁ、決戦は明日。










恋愛戦争











ミミ→光子郎←ヒカリ。

女の子の会話は書いてて楽しいです。
光子郎君の矢印が何処に向いてるかは、不明。むしろ何処にも向いてないといい。

恋愛にアグレッシブな女の子は好きよ。
動かなきゃ始まらないって理解してるってことだからね。



あと、補足というか、蛇足というか。

ヤマト・太一・タケル・賢辺りは追っ掛けのファンとか居そうだ。つか、ヤマトさんはもう居るね、追っ掛け。
んで光子郎・丈・伊織は陰でひっそりとモテてそう。そのかわり、ミーハーとかじゃなく、本気な人が多そうだとも。あー…大輔もこっちかな。多分。

基本的に選ばれし子供達は総じてモテそうだ。
精神年齢みんな高いからね。ある程度、大きくなってから、モテる気がする。
大輔とか光子郎とか丈とかは、まさにそうです。


選ばれし子供達みんなって……そんなの贔屓じゃないか、って?


当 た り 前 じ ゃ な い か っ !

私は好きキャラみんな贔屓するよっ!




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遅咲きの狂い桜 (太空)

デジ無印より太空。
前サイトの一周年記念フリリクの際に、みんさんからリクエストされたものです。

みんさん、遅くなってしまい、本当に済みませんでした。
……………しかしまだ終わってないというね(←)

すみません。あと何話か続きます。これだけじゃ展開を収めきれなかったの。
力不足をひしひしと感じますorz










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恋の定義(太ヒカ)

以下太ヒカ小説です。近●相kanネタなので、ご注意くださいませ。
(温いDキスがある上、若干気持ち悪い小説です。)




「いえ、大好物ですが、何か」
「なんでもこいや、おらぁ!」


という方のみ、お進みください。




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君の全てに心臓が跳ねる(光ミミ)

光ミミ。

”他愛もない日常に愛を感じたい”の続き。


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後ろからミミさんの寝息が聞こえ始めてから、僕は必死にパソコンに向けていた意識を開放することが出来た。
回転椅子を後ろへキイッと引いて、やっとのことで後ろを振り向く。
僕の後ろ、ベッドの上には規則正しい寝息を立てているミミさんが横向きで眠っていた。

静かな寝息と一緒に上下する彼女の肢体。
彼女のスカートから覗く細い足。
抱きしめたら折れてしまいそうな華奢な肩。

………………せめて布団に潜ってから寝てほしいものだ。誰のせいで僕がパソコンとお見合い状態でいなくてはいけなかったのか、この人は全くというほど分かっていないよなぁ…。

途方にくれたような顔で天を仰ぐ。それは出来るだけ彼女が目に入らないようにと意識しての行動。
我ながら馬鹿みたいだと自分に自分で呆れてしまう。
"彼女が関わるとたちまち僕は沈着冷静な泉光子郎ではなくなってしまう"。
そう言ったのは、一つ上の活発な先輩。ちなみにその人はその後、僕の目の前で散々爆笑した。
なんて失礼な人なんだと思いつつも言い返せないのが悲しいところ。

「…だから恋なんて嫌いなんです」
予想を超えることばかりで僕はいつも後手に回ってばかりだから。
しかも相手の女性はそういうのが得意な方だから尚更そう思えてならないのだ。
ふて腐れた後、ふと当の相手が気になって愚かにもベッドの上に再び目を向ける。
すると、うぅん、と寝言と一緒に彼女が浮かべた破壊的な笑みに僕の心臓は跳ね上がる。
何で笑顔程度で挙動不審に陥らなくてはならないんだ。そうは思うものの、僕の我が儘な体は心の言うことを聞いてはくれない。
これだから恋なんて――――――。

「光子郎くん」
とその時、彼女の鈴を転がすような声が僕を呼んだ。
起きたのかな、と彼女のいるベッドを見る。しかしそこにいるのは未だそこに横たわって規則正しい寝息を立てる彼女で。
なんだ寝言か、と視線を外した時、不覚にも僕の心臓はまた跳ね上がることになる。

「大好き…」

甘い綿菓子のようなその言葉。破壊的な笑顔も一緒に添えて出されたソレに僕は思わず手で口許を押さえた。

顔が、熱い。

キイッと椅子を鳴らして僕はなんとか平静を取り戻そうとするが、成功するはずもなく。
やはり貴女は恐ろしい人ですね。
半ば混乱した思考回路で行き着いた考えに赤らめた顔を少し苦笑に変えた。
でも僕はそんな貴女が。

「…好きですよ」

そう言ったのは僕だけが知っていればいいと思った。

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他愛もない日常に愛を感じたい(光ミミ)

デジアドの光ミミ。

前サイトから引っ張って来ました。

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彼の部屋に彼と二人きり。
家には私たち以外は誰も居なくて、恋人との甘い時間を過ごすには絶好の時。
しかも今日はおよそ一週間ぶりの逢瀬のはずだった。
のに。

恋人の興味と視線と両手が。
目の前のプラスチックの塊に奪われているこの状況は一体なんなのだろう。

私が放置されて、もう1時間は経過しただろうか。
というかなんで…っ!

「恋人放ってパソコンなんてやってるのよ!!」

私の叫び声がそれまでカタカタという音しか鳴り響いていなかった部屋へと虚しく響いた。
彼は私の叫びを聞いても、指の動きを止めるどころか、視線をこちらに寄越しもしないで、ただ淡々とこう言った。

「すいません、あと15分待ってください」
また"15分"?
終わらせる気なんて更々ないくせに。

私の頭に血を昇らせるには充分過ぎる言葉を吐く彼に、私は呆れて絶句した。いっそのこと、部屋の隅に刺さっているコンセントを引っこ抜いてやろうかとも思うが、そんなことで彼の行為を止められるなら苦労はしない。
彼を憎たらしいプラスチックの塊から離すにはどうしたらいいか。
彼と5年以上も一緒にいる私にもその問いの最善の答えは見付かっていない。
なんて厄介な人を好きになってしまったんだろう。3年前の恋心を芽生えさせてしまった私を叩いてやりたい気分だ。

「ねぇー、こーしろーくーん」
「待ってくださいってば」

後ろから声をかけてもこれだ。私の方なんて見やしない。
ホントに私のことが好きなのかしら、この人。
いつもより早起きして気合いを入れてお洒落してきた私が馬鹿みたい。

昨日1時間近く悩んで決めたヒラヒラの短いスカートを見下ろして、私はなんだか悲しくなった。

「……っ!もう知らないっ!」

そういって座っていたベッドに勢いつけて寝転び、彼に背を向けたまま、ふて寝を始めた。

家で整えてきた、せっかくの髪の毛だけど、もう知らないんだからっ!

「光子郎のばか…」

小さく呟いた言葉をそのままに私はギュッと目をつぶった。
眠くなったら、そのまま寝ちゃうんだからっ!
起こしたって起きてあげないっ!
そう心に決めて、数分後眠りに誘われるまま、私の意識は深く深くへと落ちて行った。

目が覚めたら、彼は私にどんな甘い言葉をくれるかしら。
照れ屋で素直じゃない彼には難しいかもしれないけど、私を怒らせた罪は重いわよ?
私が満足するまで甘い言葉を吐いてもらうわ。

覚悟しなさい。
私の王子様?



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