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ぼくとも。 |

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Posted by 春乃 綺 on  | 

君に傘を、俺に君を 後編(ぽルカ)


「…それで?」
「え?」
「…そろそろ帰った方がいいんじゃないか?」

あれから、半刻が過ぎた。彼女は手持無沙汰にコーヒーを啜りながら、降りしきる雨を、俺の後ろの窓から眺めている。

外はとっくに夕闇が支配している。さらに、もうすぐ夕食時。
もういい加減、帰りたいんだが、と思いながら、ややボーっとしている彼女を見やった。

彼女は濡れ鼠の格好のままで、ノースリーブのワンピースから剥き出しの肩は色を失って寒々しい。
と、言っても俺が上着を貸してやる義理はないがな。ましてや、夜遅くなって彼女を家まで送っていくなど、冗談ではない。
これ以上の面倒事は御免だった。

言外に俺がそろそろ帰りたいことを告げると、彼女はその顔をあからさまに暗くした。

「…なんだ」
「………家には、帰りたくない…」

そんなこと、俺の知ったことか、とは思ったが、とりあえず何も言わずに先を促した。
彼女は顔を伏せ、やがてぽつりぽつりと語りだした。

「…一人で家にいると、気が滅入っちゃうから…。なるべく、外にいるようにしてるの。…………それに、こんな雨の日は…」
「――ならば」

重々しい彼女の言葉は、天候と相俟って非常に煩わしく感じられ。
俺は忌々しいという感情を隠すことなく、荒い口調で吐き捨てた。

「あんな濡れ鼠になってまで、通りにいることはないだろう。それも傘も差さずに」
「……傘は、差したくない」
「………」

随分、ふざけたことをぬかしていると、俺は呆れかえった。いや、訳ありなのかもしれないけれど―――現に彼女は菫色の"傘"を持った人間ばかりに近づいていたし。
それでも傘を差さなければ塗れるのは当たり前だ。そして、こうして俺のような彼女の様子を見かねた人間が助けるというのも、すぐに想像がつくわけで。
彼女には人に手間をかけさせているという自覚はないのか。俺の心の中に鬱憤がたまっていく。

俺は溜息を一つついて、「それでは」と呆れ交じりに続けた。

「建物の中に入っていればいいだろう。カフェやレストラン、図書館、本屋、入れるところはたくさんあった筈だ。――そこなら傘を差してなくてもいいしな」

最後に少しの嫌みもこめてそう言うと、彼女は「…だめなの」と小さく漏らす。

「…はぁ? なぜ」
「…雨の日は大通りにいなくちゃいけないもの」
「理由は?」
「―――だって…っ、」
「なんだ」
「―――どこにも、いないんだもの…っ」

誰が、とは問わなかった。彼女が誰か――恐らく恋人だろうとは見当がついていた――を探していることは、通りでの一連の出来事で把握できていたから。
菫色の傘に近付いては、落胆していたあの時の彼女の目は、どこか思いつめたものだったため、………その恋人の行方も俺にはなんとなく察しがついていた。

彼女はもう一度「…いないんだ、もの…っ」と零し、わなわなと震える手で自身の顔を覆った。

「駅前のカフェのお気に入りの席にも、
あの人の会社の近くのレストランにも、
たまに仕事を片付けてる図書館のパソコンの貸し出し席にも、
家の近くの本屋の文庫本の棚の前にも、
私の部屋の台所にも、寝室にも、お風呂場にも、ソファーの上にも、
あの人の部屋だったところにも、
どこに、何回行っても、あの人はいないんだもの……っ!!」

彼女は堰をきったように泣き崩れた。
その様を俺は黙って見つめていた。
しとしと、と滴る雨が真後ろの窓を叩き、ガラスにはうっすらと水滴が浮かぶ。
マスターと俺と彼女しかいないこのカフェには、雨の滴る音と彼女の啜り泣く声のみがやけに響いていた。
やがて大いに泣いて、泣き疲れたのだろう。すんすんと鼻を啜りながら、彼女は顔を覆っていた手で、涙でベタベタに濡れた頬を拭った。
泣きすぎてしゃくりあげる声はどこか痛々しい。
濡れて重くなった睫毛も瞳に影を落とし、彼女の悲痛さを浮き彫りにしていた。

そんな中、彼女はしゃくりあげながら、「…だから」と喘ぐように紡いだ。

「だから、雨の日はいつも探すの。外に出て、待ち合わせ場所だったあの大通りで、あの人を。雨男で、あの人が出掛けるときは必ず雨だったから、――だから」
「……どこかに出掛けていて、鉢合わせることを願って、か」

低い声でやっと喋った俺の声は予想以上に固かった。
彼女は未だ紫の変色の残る唇を噛み、力なく頷いた。
そのボサボサの桃色の頭を眺め、俺の心にはなんとも言えない感情が灯っていた。
ここまでソイツに深い想いを抱き、それに現在押しつぶされそうになっている彼女が。

(無償にほっとけないと、思ってしまった。)

ここまでくると人を想うというのは、一種の病だ。いや、罪だというべきなのかもしれない。
風が吹けばポッキリと折れそうなほどに弱くなった彼女を見ると、そう思わずにはいられなかった。
日常生活に支障をきたすほどの深い彼女の想いは、誰でも彼でも持てるものではない。
だからこそ、病であり、罪だと。
そしてそれゆえに押し殺すのは困難なのだとも理解できてしまったから。

やはり彼女をほっとけない。そんな感情が今の俺には芽生えていた。


けれど、同時に愛しささえ湧いてくるのだ。

ここまでソイツを、人を、深く愛せる彼女に。
壊れるまでソイツを求め続ける彼女に。

羨ましいというか、微笑ましいというか、――やっぱり"愛おしい"かもしれない。

抱き締めて、腕の中で存分に甘やかしたくなったのだ。
もう大丈夫だ、と。
自分が傍にいてやるから、と。
――――願わくば、いつか同じくらいの気持ちで俺を想ってはくれないか、と。

俺は気がつけば、頷いた格好のまま項垂れていた彼女の頭に手を乗せていた。
彼女が肩を竦めて、顔をあげる。
その張り詰めた水色の瞳は、まだ僅かに潤んでいて。
ボサボサの桃色の髪を撫でつけてやると、彼女は大きく目を見開いた。

「――思う存分、探せばいい」
「……え、」
「気が済むまで、探せばいい。お前が納得するまで」

俺がそう言うと、彼女は驚愕した顔を泣きそうな笑みへと変えた。

「みんな馬鹿だって言うのよ…」
「……」
「探したってあの人はいないからって、――…っ死んだんだから、もう止めろっていうのよ…っ」
「……そうか」

彼女はおそるおそると言った様子で俺の顔を窺い見た。

「あなたは馬鹿だと言わないの…?」

彼女のその問いに俺はただ微笑んだ。すると彼女の水色の瞳がゆらゆらと揺らめき、ぽつりと頬を一筋涙が伝った。――けれど、その顔は嬉しげな笑顔だった。
そうして再び俯き泣く彼女の頭を、俺は別れ際まで無言で撫で続けていた。

やがて、彼女は掠れた声で「ありがとう」とだけ言い、カフェを去った。
そしてカフェにはマスターと俺だけが残され、彼女の声とあがった雨の代わりに、豆を焙煎(す)る音が響いていた。






――――その後、俺は雨の日は決まって外に出るようになった。

大通りの片隅には、あの時と同じように、彼女が黒いワンピースを纏って、人の群れを眺めている。
彼女は今日も菫色の傘を見つけては、その傘の元に向かう。

そうして幾度となく力なく肩を落とし、大通りの片隅に佇むのだ。

そんな彼女に、俺は傘を差し向け、雨が止むまで一緒に居てやるようになった。
俺の傘から出ては人の群れに向かい、帰ってくる彼女を迎える。――ただそのためだけに。
そんな俺を人は馬鹿というかもしれない。
けれど、それでいいのだ。馬鹿は馬鹿同士、それでいいのだ。

"あの人"を忘れられずに、雨の中、大通りで待つ彼女と、

彼女が寒空の下、一人でいることのないように傍にいる俺。



雨の日以外に、逢うことはない。
どこに住んでいるかも、どんな仕事をしているのかも、携帯の電話番号も、メアドも、はては苗字さえも、お互い知らない。
知っているのは名前と雨の日に大通りにいることだけで。


恋人でなく、
友人でもなく、

雨の日が繋いだ、雨の日限定のこの関係。


いつか違う形になることもあるだろう。
けれど、どんな形になっても悲しみに押し殺されそうな彼女の傍には、俺がいればいいと思う。
変わらず、俺がいればいいと思う。

ただ、それだけを一心に願うのだ。









(――雨があがったな)
(…うん)
(帰るか)
(うん)









無力P様の楽曲「Brella」から。

この小説は無力P様の作りだす音と、ゐつ様の紡がれる言葉の両方を大事にしながら書きました。雨と傘とどこか漂う哀愁と…。いい雰囲気の曲ですよね、大好きです!

小説についてですが、
とりあえずうちのがっくんが俺様、何様、殿様な性格だったので、彼が女性を愛おしく思う瞬間とはどんな時だろうと考えに考えた結果、あぁなりました。女の涙はやっぱり男性にたいして武器になると思うんですよね(笑)
あんな性格の男を書くのは初の試みだったので(普段はもっと掴みどころのない男性を書いてます、その方が得意なんで)、大変難産でした^^;
ちなみにルカさんがこの話の時点で情緒不安定ぎみなので、2人の会話は微妙にちぐはぐにしてあります。無論、わざとです。

さて、私が一番心配してるのは、ウチのがっくんが人様に受け入れられるかどうかなんですが……、うーんどうなんだろ…?(汗)


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君に傘を、俺に君を 前編(ぽルカ)


今日の早朝から降り続く雨は、出かけ方にバケツをひっくり返したかのようなものへと変わった。先程からひっきりなしに叩かれるこの傘の限界も近いだろう。
雨によって煙る視界に目をひそめ、俺は大きな溜め息を吐き出した。

「こんなことになるならば、出掛けるのではなかった…」

天気予報ではここまで酷い雨が降るとは言っていなかった。だからこそ、こうして出掛けてきたのだが、どうやら失敗だったらしい。
初めはあちこちに出来た水溜まりを避けながら慎重に足を進めていた。が、

バッシャアァァ

といっそ馬鹿笑いでもしたくなるくらいの水をズボンと靴に浴びせられてからは、気にするのも馬鹿馬鹿しいと行く手を遮る水溜まりに自ら足を突っ込んで帰路を急いでいる。布が肌に張り付く、なんともいえない気持ち悪さには、当然のごとく目を瞑る他なかった。




やがて一本道の細道は大通りと合流を果たす。
だが、途端に目前を埋め尽くす人の多さに辟易し、自然と足は止まっていた。
傘があると余計にひしめいているように見えるその通りに入るには、なかなか心構えがいる。
小さく息を吐いてから、俺はその人の波に足を踏み入れ―――ようとして、片腕をとられ引き止められた。

「―――っ」

驚き振り向くと、そこにいたのは一人の女だった。雨に濡れた桃色の前髪からは雫がポタポタと落ちて、青ざめた頬を伝っていく。彼女はずぶ濡れの真っ黒なワンピースだけを身に纏っていて、その手に鞄はおろか傘もなかった。


「…何か用か?」

そう訊くと、それまでの彼女の嬉々とした顔が失望のそれへと変わった。

「―――ちがう」

感情の感じられない口調でそれだけ呟いた彼女は、興味が失せたのか、くるりと俺に背を向けた。
よたよたと覚束ない足取りで大通りの片隅まで辿り着き、そこにしゃがみ込んで、彼女は暗い瞳で行き交う人の流れを眺めた。やがて間を待たずにまた立ち上がった彼女は、ひしめく人の群にスルリと入り込み、薄紫の傘へと近付き、数秒後、再び死んだような顔で元いた場所へと戻る。それを繰り返し行う彼女を、俺は暫く見つめていた。

彼女は決まって薄紫の――否、菫色の傘へと近付いていた。

それを見て取り理解した俺は、ズカズカと彼女へと近付き、その腕を掴んで引き止めた。


「――――っ!?」
すると、それまで生気のない目をしていた彼女の目に一寸光が戻る。彼女は大きく目を見開いた。

「行くぞ」

俺は彼女の腕を引き、目を巡らせ、雨を凌げる場所を探した。暫(しば)し驚愕して固まっていた彼女はその間に我に返り、無言で俺の手を振り解こうとしていた。
それを力業で抑えつけて、「此処にいては濡れるだろう」と彼女に自身の菫色の傘を持たせ、空いた方の手を引いて歩き出す。

彼女はそれまでと一転し、奇妙なほど大人しく俺の後を着いてきた。
やや不審に思い、肩越しに振り返ると、彼女は青い目をゆらゆらと揺らして俺に握られた自身の手を凝視していた。

掴まれるのが嫌なのかと一瞬考えたが、それにしては彼女の今の様子は大人しすぎる。
試しに彼女の手を少し強く握りしめた。
彼女の瞳が一層大きく揺れた。

ふいにポロリと目尻から零れた涙が頬を伝い流れる。


それを手で拭って、彼女はやがて静かに泣き出したのだった。







「落ち着いたか?」
その問いに、彼女はぎこちなく頷いた。



彼女を連れて、俺が雨宿りの場所として選んだのは大通りの一角にある少し寂れたカフェだった。
ちょうど知り合いの経営するその店が近場にあったのは幸いだった。
マスターである知人にホット珈琲2つとタオルを頼み、観葉植物の裏手にある奥の席へと彼女を座らせる。
そして煎れたての珈琲を乗せた盆とタオルをそれぞれ両手に持ち、自身らの席の周辺の人除けをマスターに言付けた。

「一つ貸しだからね、がっくん」
「…分かっている」

ちゃっかりそんなことを言い渡す喰えない知人に嘆息してから、俺は彼女の座る席へと戻った。


彼女は微動だにせずに俯いたままだった。その頭(こうべ)垂れた頭にタオルを被せ、拭くように告げた。それでも彼女はピクリとも動こうとせずにそこに鎮座していた。
俺は少し苛立ったように嘆息すると、ガチャンと盆をテーブルに置き、彼女の髪をぐしゃぐしゃと掻き回すように拭いた。
後ろから「がっくん、女性に乱暴しちゃダメだよー」と知人の止める声が聞こえたが、知ったことかとばかりにくしゃくしゃにかき混ぜる。
早く帰りたいのに帰れない苛立ちが沸々と湧き上がってきたから、それを元凶である彼女の髪にぶつけたまで。
連れてきたのは自分のくせに、と他人が聞いたら咎められそうだが、同じく知ったことではない。大体、あれで放っておける者がいたら、そいつは鬼か悪魔だろう。俺は鬼でも悪魔でもないのだ、非常に面倒なことに。


タオルで水気を拭き取って、改めて俯く彼女の顔を覗き込んだ。
相変わらず薄暗い表情だったが、それよりも俺はグシャグシャな髪と整った顔とで釣り合いが取れていないことに笑いの線を刺激された。
みるみるうちに可笑しさが込み上げてきたが、なんとか僅かに口角を上げるだけに留める。
ぽかんとした彼女は目をしばたかせて、俺を見上げていた。その顔がまた可笑しいこと、この上なく。

「ひどい髪だな、大荒れだ。――梳かないのか?」

その言葉に突如、今の自分の状態を悟ったらしい彼女は慌てて手櫛で髪を整えようとした。
だが、絡まった彼女の髪は、地毛のウェーブと相まって手櫛でとけないほどきつく絡まり合っているようで。結局、彼女が痛みに顔を歪めるだけに終わった。おまけに指先が髪の間から抜けなくなったらしく、その様はすこぶる間抜けだった。
ついに堪えきれなくなって忍び笑いを漏らすと、気まずそうな彼女にキッと睨まれた。

「…笑わないで」
「ならば、それをどうにかすることだな」

それ、と己の髪に絡みつかれた彼女の指を指し示す。
すると彼女は決まり悪げにソッポを向いて、「…ほっといて」と小さく告げた。







(後篇へ続きます)







無力P様の楽曲「Brella」から。


初見で創作意欲が掻き立てられ、勢いのまま書きました。
こちらの曲の作詞様の書かれる詞が実は大好きな燈月です。

人様のがっくんとちょっと違いますが、これがウチのがくぽです。侍言葉じゃないけれど、そこはかとなく侍っぽくしてみました。受け入れられると嬉しいな。



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致死量の愛を捧げないでください(カイメイ)


アイツは時々、デロデロなくらい甘いときがある。
そう、まるで、ふつうのバニラのアイスを三乗くらい濃縮させて、ドロドロになるまでかき回したシェイクみたいに。

その中で日頃、ドロドロになるまで甘やかされている私は、
時々アイツに愛されすぎて、そのうち溶けてなくなってしまうんじゃないかと思うときさえある。




ミクら年下組が寝静まった午後11時すぎ。
それからが、メイコとカイトに与えられた束の間の休息タイムだ。

それまで料理、洗濯、掃除、さらにはミク達の面倒をみたりと、何かと忙しなく動いているメイコたちだが、ミク達が寝たら、そのドタバタは一気に終息を迎える。
そうすると、二人はソファに並んで座り、コーヒー片手に「お疲れ様」とお互いを労ったり、…………まぁ、ときどき大人の時間が待っていたりもすることもある。

この時間帯になると、カイトは昼間の”良いお兄ちゃん”を一気に脱ぎ捨て、メイコだけに見せる”甘えたな年下の恋人”へとモードチェンジするのだ。
その豹変ぶりといったら、いっそ見事で、メイコは真剣な顔で「アンタ、実は二重人格なんじゃないの」と問うたこともあるほどだ。
ちなみに、カイトは「めーちゃんだけ特別なの」とゲロ甘な笑顔でのたまっていたが。

はてさて、メイコはこの日もミク達を二階の寝室に行かせ、大きな溜息と共に、柔らかなソファに凭(もた)れていた。


「はい、めーちゃん、お疲れ様」

と、台所で明日の朝食の下ごしらえを終えたカイトが、色違いのマグカップを二つ持ってメイコの元までやって来た。
陶器と木製のテーブルがぶつかる響く音を鳴らし、カイトはコップをメイコの前までスライドさせた。
そうして、拳一つ分くらい空け、メイコの隣に腰掛けて、愛用の青色のマグでコーヒーを啜る。

「ありがと」
と、メイコはマグに手を掛けた。
コップの中では、薄茶の液体が湯気を吹き出し揺れている。
カイトは、最近メイコ限定で出血大サービス中のハニースマイルを愛しの彼女に向け、「どういたしまして」と言いながら、その視線をふいにマグを持つメイコの右手の指先で止まらせた。

「…めーちゃん」
彼は目を伏せコーヒーに口づけるメイコを呼ぶ。
その姿勢のまま、目線だけをカップの中の波立つ液体からカイトへと移した彼女は、小首を傾げて、言葉の続きを促した。
しかし、カイトの目は相変わらずメイコの指――もっというと爪先を注視していて。

カイトはマグをひとまず机に置いてから、自由だった彼女の左手を柔く持ち上げ、「めーちゃん、」と再びメイコに呼びかける。

「マニキュア、塗り直した方がいいんじゃない? ところどころ剥げかけてるし」

ほら、と示されたメイコの爪は、彼女のイメージカラーの赤で彩られていた。が、最近、塗り直しをしていないために、爪の伸びた部分の根元と爪先の一部が欠けたようにその色を失っていた。
やや不格好な自身の爪に「あら、ホントだわ」と応えながらも、メイコはその目はリビングの棚の中に置かれた赤のマニキュアを探していた。
すると、気付けば、カイトがソファから立ち上がって、既に目当てのマニキュアを手にしていて。

アイツはまるで私のしてほしいことを正確に先読みしているようだわ、とメイコはやや呆れながら、「アンタ、ホント女だったらいい嫁になりそうよね」とぼやいた。
ちょっとした嫌みも入っていたその言葉に、カイトはふふっと微笑み、「でしょ?」と自分で軽やかに同意してみせた。メイコは思わず呆れた。

「でしょってあんたねぇ…」
「その時もめーちゃんが嫁に貰ってね。あぁ違う、そんときはめー君(・・・)か」
「…私はメイトじゃないかもしれないじゃない」
「俺とめーちゃんはある意味、一心同体だからね。必ずどっちかが女で、どっちかが男だと思うよ」
「そんなもんかしら……」

そんなもんだよ、とカイトは愉しげに笑う。
なんだかその笑みが気にいらなくて、メイコは膨れっ面でカイトに右手を突き出した。キョトンとした顔もさらに、気に食わず。思わず可愛いとか思ってしまったではないか、不覚にも。

「なに?めーちゃん」
「早くそれ、渡しなさいよ」

メイコがぶすくれた顔で手を突き出し続けると、カイトはそれまでの甘い笑みはどこへやら、ものすごい意地悪い(ただしメイコ主観)笑顔を浮かべ。

「だぁーめ、だよ。めーちゃん」

語尾にハートマークでも付きそうな声音でカイトはそう言い、マニキュアをメイコから遠ざけた。
途端、何だコイツは、と射殺さんばかりの眼力で、メイコはカイトを睨む。そのキモい声音と仕草は一体なんなのかしら。--ぶたれたいの、もしかしてぶたれたいの?

愛しの彼女の胡乱げ、かつ冷たい眼差しにも強靭な心のカイトはめげず。
メイコの「早く」という凄みも、カイトはたいして堪えた様子もなく、飄々とメイコに歩み寄り、彼女の右手を取った。
そうして、ヌルイ笑顔とは正反対の、やけにキラッキラしたオーラを発して、カイトがメイコに顔を近づけ言ったことは。

「俺が塗ってあげる」
「…え、なんで」

間近でその整った顔を見せられ、思わず怯んでしまったメイコである。
そこは惚れた弱みとか、好きなタイプの顔に弱いとか、様々な要因が絡み合った結果だ。
僅かに引き気味になったメイコに、カイトは帰来の人の良さを彼方に放り投げて、さらにごり押しを決めにかかる。

「だって、めーちゃん、両利きじゃないから、右手塗りにくいでしょ。めーちゃんの役に立てるなら、俺も嬉しいし。…ね?」

本心には、五割くらい”メイコの身体に触れたい”という、メイコが知ったら大激怒の不純な動機があるのだが、カイトはそれをおくびにも出さず、ニッコリと笑った。
すると、メイコはさらに言葉に詰まり、この段まで来ると、ほぼカイトの一人勝ちが決定するのである。

「………分かったわよ。ただし、変なことはしないでよ」

はい、と渋々といった体で、メイコは両手をカイトに差し出した。
カイトは内心でガッツポーズを決め、メイコの横に再びいそいそと居直ると、嬉々とした様子で彼女の爪に赤の彩りを置いていく。
それをじっと見つめ、メイコはやがて徐々に肩の力を抜いていった。

そう、なんだかんだ言って、カイトは手先が器用なのだ。
だから、確かにメイコが自分で塗るより、仕上がりは遥かに綺麗なものになる。
現に塗り終わった左手の親指や人差し指は、ムラがなく、まるで陶磁のようなとろりとした色合いをしている。
まったく男のくせに私より器用なんて、と思わないでもないが、そこはカイトだ。
彼は家事全般得意で、特に家事と裁縫にかけてはプロ並みなのである。
いっそ、ボーカロイドからそっちの職種に転身しても、十分やっていけるだろう。……なんか、さっきから褒めっぱなしでムカムカしてきたわ、とメイコはちょっとした意趣返しにカイトの足を一発蹴り飛ばしてやった。

「ちょ、痛いよ、めーちゃん! なにするのさっ」
「うっさい。カイトのくせに。だったらとっとと終わらせなさいよ」
「…はいはい、分かりましたよ。じゃぁ、次、右手ね」

塗り終わった左手を放され、今度は右手を胸の位置まで持ちあげられる。
メイコはまだ乾いていない左手も、右手と同じような高さまで持ち上げたままで保った。
すると自然と、手錠を掛けられるのを待つ囚人のような格好になったようだと、メイコは自分の今の姿に嫌気が差した。その間にも、カイトはメイコの爪を一本一本丁寧に塗りあげていく。
その単純作業の見るのも、そろそろ飽きてきて、メイコは爪を塗られている姿勢のまま、頭をコテンとソファの背凭れに預けた。そしてメイコはふと爪の塗られ具合ではなく、爪を塗る技師であるカイトの観察をしてみる気になった。

マニキュアの刷毛(はけ)が、メイコの爪の上を往復する。その刷毛の行き先を見つめるカイトの眼差しは真剣で、伏せられたまつ毛は影を作り、蒼色の瞳を隠していた。
人間離れした整った顔立ちと均衡のとれた肢体は、完全に釣り合いが取れていて、それはまるで歩くビスクドール。そしてデジタルでデータなボーカロイドらしい四角や三角などで構成されたシンプルな服装の下の身体は、意外に程良く筋肉がついていることも、メイコは既に知っていた。
作られただけあって、カイトは女性が理想とする完璧な男性像と一致している。
つまり、メイコの好みとも、ぴったり合致するわけで。
メイコは知らず知らずのうちに、カイトに見惚れている自分に気付いていなかった。

と、その時、俯いていたカイトが目線だけあげ、メイコに目を向けた。
突然のことに加え、それまでカイトについて考えていたことから、メイコの鼓動は大きく脈打つ。しかしカイトはメイコの鼓動の速度が収まるのを待ってはくれない。

「めーちゃん、あんまりじっと見ないでよ」

上目づかいにメイコを見たカイトは、恥ずかしいのか、すぐさま俯いたが、その顔は微妙にはにかんでいた。珍しい彼のそんな表情を見て、メイコの頬に一気に熱がともった。
なに、その顔、と問う間も無く、「塗り終わったよ」とメイコの右手を放したカイトは、いつの間にかマニキュアの片付けに入っていた。

やがてマニキュアを棚に片し終わったカイトは、ソファで呆けているメイコに寄って来て、彼女の身体を後ろに回り込み、強くメイコを抱きしめた。
メイコのウエストの部分をしっかり支えながら、カイトはメイコのショートの髪をゆるく撫で付ける。
未だ爪が乾いていないメイコは、カイトを抵抗する術を持たず、彼にされるがまま。
だから彼に抱き締められて、抵抗らしい抵抗をしないのも仕方ないわね、とメイコはそう自分で自分にいい訳をした。
カイトは反抗されないのをいいことに、メイコの首筋に顔を埋め、さらに擦り寄った。
そして、ご満悦な顔でふふっと笑う。

「ねぇ、めーちゃん、抱きしめちゃったけど、いいよね?」

カイトがくぐもった声でメイコに尋ねた。
メイコは青髪にくすぐられる首筋を捻り、背後の彼を僅かに睨む。
と、いってもメイコの目尻には赤みがうっすらと滲んでいて。

「アンタ、それ事後承諾じゃない」

メイコの建前上の苦言に、カイトの口は艶やかな三日月に描かれた。
とろりと甘やかに溶けたカイトの瞳が、メイコの理性をゆるやかに崩していく。

「………だめ?」

彼の囁く甘言はメイコをどこまでも誘う。
あぁ、もうだめだわ、こうしてメイコは今日も彼に陥落するのだ。

彼女は大人しく彼に身体を預けた。
それを無言の肯定と受け取り、彼は嬉々満面に微笑むと、またメイコに擦り寄り、首筋に触れるだけのキスを落とし、



「大好きだよ、めーちゃん」



彼は至極、幸せそうな顔で、彼女に愛を捧げた。










致死量の愛を捧げないでください。
 (処理に困ります)




大分、お久しぶりです、すいません(のっけから謝罪ってどうよ)。
ここには出没しませんでしたが、たまにピアプロやpixivで小説は書いてました。

以前書いた病んデレカイメイとは打って変わって、甘々でお送りいたします。
つーか、私、甘いカイメイを書けることに驚愕したお…。

おらはびっくらした…(`・ω・´;)

あ、微妙にきわどい言い回しとかあるけど、これくらいなら大丈夫だと思います。大丈夫だと信じています(←)。





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Clear The Decks (カイト+レン)


「カイ兄ってちょー情けないヘタレだよな」

台所でアイスを頬張っていたカイトに向かって、そう宣ったのは双子の片割れレンだった。
自分より年下のその少年(メイコがいうところの弟)はカイトに冷たい一瞥だけくれた後、斜め前の椅子にドカリと腰掛けた。レンからそんな言葉を貰ったカイトはというと、スプーンをくわえたまま小首を傾げて不機嫌顔のレンを見やる。
"情けないヘタレ"とカイトにとって不名誉窮まりないだろう形容をされても、彼は取り留めて気にした様子もなかった。それどころか、ほけほけと緩く笑って、「んー? 具体的にどこが?」などとレンに聞き返す始末。正しく情けない自身の兄(不本意ながら兄だ)に、レンは盛大な舌打ちをしてみせ、

「めー姉好きなくせに何も行動しないところ」

と低い声で告げた。
ギロリと鋭い眼光を乗せ、レンがカイトを睨みやる。その鋭い針のような視線を受けてもカイトはレンに相変わらずの微笑みを向けていた。

(………このタヌキめ)

この兄は、その実、誰よりも腹が据わっていたりする。だが、メイコを筆頭にそのことを知る者は少ない。つまりカイトは誰よりも相手を欺くのも上手かったりするのだ。レンもここ最近になって、ようやっとそれを悟ったところだ。
唐突に水を向けられたカイトはぱちぱちと目を瞬いて、「ふぅん? 行動ねぇ…」と漏らして、あらぬ方へ視線を巡らす。ややあってレンに視線を戻したカイトはコトリと首を傾げてまたも笑った。

「レンがリンにするみたいな? いかにも"好きだー"って自白するような、行動?」

こんな言葉をレンに投げ付けて。

「あ゛ぁ?」
「あれ、違うの?」

てっきりそういうことだと思ったぁ。
そう言うカイトは緩い顔で笑い続けている。そんな奴に説教じみたことを言うことに馬鹿馬鹿しくなってきたのはレンの方だった。リンとのことを軽はずみに口にされたのも気に食わなかったが、なによりメイコと進展する気が目の前の馬鹿にまるっきりないのが、もう論外だった。わざわざ忠告してやるために割いた時間さえ惜しいというもの。
そっぽを向いてケッと口を尖らせたレンは「もーいい。…こっのクソ兄貴っ!」と年頃のレンらしい暴言を吐き捨てる。そしてカイトから興味が失せたのか、戸棚にあるバナナを取るために席を立った。







(うっわ、機嫌わるー)

あれから、バナナを戸棚から取ったレンは台所から去るかと思いきや、そうせずに元の定位置に居座った。
明らかにぶすくれた顔で好物のバナナをぱくついているレンを眺めていると、どこからか可笑しさが込み上げてきて、カイトは慌ててアイスを口の中に掻き込んだ。そうしてアイスと一緒にその笑いを飲み込み、ちらりと再びレンに目をやる。彼はカイトから故意に目をそらしているらしく、あの可愛らしいような小憎らしいようなレモン色の瞳と視線は交わらない。
まさに反抗期真っ盛り。まだまだ成熟には程遠い(青いという意味で)だろう。が、カイトは敢えてレンの細く無防備な首筋に鋭い刃を押し当てるのだった。

「レンさぁ、俺がめーちゃんと両想いになる行動してないっていうけど、してるから」
「……はぁ?」

お前何いってんの、とでも言いたげにレンが眉を寄せた。

「…全然してるようにみえねぇ」
「そりゃそうだよ。だって」

行動を"起こしてる"のはリンとレンだもん。
カイトがそう告げるとレンはさらに訝しそうに顔をしかめた。

「は?なんだそりゃ。俺とリンの行動がどうしてお前の行動になんだよ?」

意味がわからんとレンがカイトを鼻で嗤った。それを咎めるでもなく、カイトはふふふと含み笑いを漏らした。
そうして、レンはまだまだ子どもだなぁとカイトは一言する。その言葉がレンの癇に障るだろうことももちろん承知の上だった。
考え足らずで愚直でそれでいて純粋な目の前の少年は年相応で大変可愛らしい。自分との差に思わず笑いさえ込み上げてくる程だ。
「何笑ってんだよ!」と自身に噛みつく純真無垢で、だからこそ無知で率直な少年。カイトは凪いだ瞳でそんな可愛らしい"弟"を見つめて、「だってさ」とレンの問いに歪曲した自身の答えを彼の目前に晒す。

「俺が行動を起こせば、めーちゃんは絶対俺に堕ちてこないもの。だから、俺以外の誰かにめーちゃんの大事な大事な家族っていう絆を壊してもらっているんだよ。レン」
「……それが俺とリンだと?」

レンの言にカイトはこっくりと首肯する。
カイトやミク、リンレンと違って、独りの期間が長かったメイコにとって、家族というものは何物にも代えがたいものだ。それをカイトも重々理解している。だが、生憎カイトはメイコの弟で終わる気はなかった。
一目惚れ、一種のインプリンティングに近い、その感情はカイトがメイコと初めて出逢った時から芽生えていたもので。しかしカイト自身がメイコを得るために家族という枠組みを壊せば、メイコとカイトの関係は"家族"よりも遠ざかってしまうことも理解していた。
ならば自分以外の、メイコを"そういう"感情で好いていない者達を使って、家族という枠組みを壊せばいいと思いついたのは、レンのリンに対する言動を見てからだ。彼は都合のいい事に双子の姉であるリンを恋愛感情で好いていた。
そしてリンも恐らくレンを"そういう"感情で好いている。それを悟ったからこそ、カイトは敢えて何の行動も起こさずに傍観を続けてきたのだ。もしリンがレンに対して"そういう"感情を抱いていなかったのならば、恐らく自身はリンに何らかの働きかけをしていた。
全てはメイコを手に入れるために。
思ってもみなかったカイトのしたたかさにレンが絶句すると、カイトは剣呑な場の空気と不釣合いなくらいニッコリと微笑んだ。

「あ、言っとくけど、利用したように見えて、ちゃんと二人の応援もしてたよ? リンもレンも可愛い妹弟だからね」
「……家族の絆を壊そうとしてる張本人が弟妹言うな。まったく説得力ない」
「ひどいなぁ」

どっちが、とは口に出さないでいた。カイトがレンにこの話をしたのは、自分を共犯者にするためだろうと容易に推測できた。カイトの思惑を知っても、リンを好きなレンは今の行動(つまるところリンへのアピール)を制限できない。というか、したくない。
そうすると結果的にカイトの計画の片棒を担ぐことになるのだ。ならば、メイコに告げ口をすることはリンの幻滅にも繋がることは必至。要するにカイトのあくどい計画的犯行を黙認するしかないのである。

あまりにも鮮やかで陰険なカイトのやり方。それに敬意を表して(ただし嫌みも含まれている)、レンは自身の兄にとっての最高の褒め言葉を送ってやるのだった。




「カイ兄ってちょー情けないヘタレを演じる、ちょー悪趣味で計算高いヘタレなんだな。恐れ入った」
「んー? そう? ありがとー」















無駄に腹黒い兄さん。可愛らしさはどこへ。
レン君はかつての兄さんです。つまりイコールではない。相似な関係。
レン君は兄さんを見て育ってくから、成長するにつれて彼等はだんだんと遠ざかっていくと思います。




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Adolescence 1-Un- (レンリン)

ずっと二人だけの世界で生きていけたらよかった。

でも"俺ら"は姉弟で、さらに他人で、歳を重ねるごとに互いの心さえ違(たが)えていくのだ。







Adolescence 1-Un-








 幼い頃から俺とリンは隣同士に立って、同じように育ち、同じように物事をとらえ感じてきた。
 ――――だって俺らは姉弟。そこに男女の隔たりなど関係ない。そう、関係ないはずだった。だが、そんな楽しく開けっ広げな関係が音を立てて崩れたのは、俺とリンが14のときだった。

「………お前たちは義姉弟なんだよ」

 父さんの部屋に二人で呼び出されて告げられた真実。"俺とリンに血の繋がりはない"。さらに俺は父さんや母さんとも血が繋がっていなかったのだ。
 何言ってんの父さん、その冗談全然笑えなんだけど、と笑い飛ばせたならば良かった。だけど俺たちにその事実を伝えたときの父さんの顔があまりにも真剣だったから。俺はその事実をそのまま受け入れるしかなかったのだ。
 でも、それじゃあさ、血の繋がりのない俺の、この家での立場はどうなるの。父さんが他人で、母さんも他人で、リンも……。
 目の前が真っ暗になるということを初めて体験した瞬間だった。俺は顔を真っ青にして茫然自失に陥った。ふらふらと足元が覚束なくなり、自分が今どういう状態でいるのかさえ分からなくなった。その時、服の裾を引っ張られ、意識をこちらに戻される。
「レン……」
 俺の意識を戻したのは、それまで自分にとって姉という位置付けにいた少女だった。彼女は俺を不安げに見つめ、「大丈夫か」と尋ねる。…大丈夫なんかじゃないと思った。当然だろう。しかしそのことを元姉であり今他人であるリンに言えるわけもなかった。急にリンが見知らぬ女にしか見えなくなる。そこでリンの弟としての"俺"は終わりを迎えたのだ。


 それからだった。
 俺は父さん・母さんを名前呼びするようになった。そうして距離を置き、その家に存在する"家族"という空間から自分を守った。"リンの"両親はそんな俺に何も言わなかった。ただリン一人が自身らから離れていく俺をあの手この手で引き留めようとした。
 それまでリンと同室だった俺が部屋を分けてくれとリンの父親に進言したときも、リンは「嫌だ嫌だ」と泣いて喚いた。

「レンはリンの双子の弟だもんっ!ずっとずっと一緒に寝るんだから!」

 リンは自身の父の前で散々ごねて、終いには俺のベッドの上でふて寝を決め込み、そこから一歩も動こうとしなくなった。そんなリンに、すっかり困ったリンの父親から「なんとか説得してくれないか」と頼まれたのは他ならぬ俺で。俺は迷わず頷き、その頼みを承諾した。この家に置いてもらっているからには家主の命に従う義務があると俺は勝手に思っていたのだ。
 リンの部屋に俺が一人で入っていくと、彼女は泣いてべそべそにした顔をぱっと輝かせた。あまりにも現金な彼女の様子に、俺は苦笑を禁じ得なかった。隣同士に二つ並べられたリンと俺のベッド。俺はリンのベッドの方に腰掛け、彼女の名前を呼んだ。

「リン」
「なぁに? レン」
「部屋分け、しよう」

 俺がそう言った途端、リンはガバリと布団を跳ね退け起き上がった。そして自身のベッドに座っていた俺に詰め寄り、悲痛な声で叫ぶ。

「イヤァアっ! なんでっ!? なんでレンまでそんなこと言うのぉっ!?」

 リンの大きな瞳からはボロボロと涙が零れ落ちていた。今までの俺だったなら、その涙を拭ってやり、その悲しみを取り去ってやるくらいのことはしていた。それが俺の役目だったから。だけど、その涙を拭うのはもう俺ではいけないのだ。詰め寄ってきたリンを無感情な瞳で見つめる。そして俺が無情にも口にしたのは、

「だって俺はもうリンの弟じゃない。他人同士が一緒に寝るのはおかしいだろ?」

 という彼女を奈落の底へと突き落とす言葉だった。リンは目をいっぱいまで見開き、愕然とした様子で「……なんで?」と呟く。リンのアクアマリンの瞳からは涙と一緒に光が流れ出していき。みるみるうちに光を失っていく彼女の瞳を見て取って、それでも俺の心には何も響いてこなかった。


「部屋分け、するね?」

 再度念押しするようにそう告げた俺からリンは目を逸らした。黙りこくって掛け布団をぎゅっと握りしめる彼女の拳はカタカタと小刻みに震えていた。

「リン」彼女の名前を硬い声音で紡ぐ。それはどこか脅迫と似ていた。
「…」リンは視線を下げたまま、何も言わなかった。やがて俺は溜息をついて、「……そう」と低い声を吐き出す。

「じゃあ俺は最悪、この家を出ていくことになるのかな」

 俺のその言葉にリンは顔をくしゃくしゃに歪めた。そして彼女は何度も何度も首を横に振っては、俺の胸元に縋り付く。
 だけど、リンが部屋分けを拒むならば、最悪行き着く末路はそこだ。リンの両親達が俺達の同室を善く思っていないのは、薄々感じ取っていた。大事な一人娘が、元弟とはいえ思春期に至った男の横で寝ることを、善しとする親など何処の世界に居ようか。そしてそれはリンに説明するまでもなく、彼女自身も分かっていることだろう。
 やがて散々泣いたリンはぐちゃぐちゃになった顔で俺を見上げ「…分かった」と小さく頷いた。

「でも一つだけお願いがある」
「…? 何?」
「寝るまではリンと一緒にいて」

 それは果たしてどうなんだろうかと思った。そもそも俺とリンが寝る前に一緒の時間を過ごすこと自体に問題があるような気がするのだ。それは"そういう"行為に結び付きやすい。だが、リンが妥協したのに、自分だけ我を通すわけにもいかない。それゆえに仕方なく俺もリンの要求をのんだ。

「…でもリンの部屋には入らないからね」
「それでもいい」

 間髪入れず俺の言葉に返事を寄越して、リンはズズッと鼻を啜った。その様子が酷く幼く見えて、俺の脳内にはかつてのリンと俺の姿が浮かぶ。リンが暗闇が怖いと泣いたら、電気を点けたまま一緒のベッドで眠った。それは在りし日の姉弟としての俺とリンの姿で、今の俺らには有り得ない姿だった。―――そう、有り得ない姿なのだ。だからこそ。


「レン、大好きだよ」


 在りし日と同じように紡がれたリンの言に、返す言葉は見つからなかった。













シグナルPの楽曲「アドレサンス」から。
実は数カ月も前から温めてきたネタでした。アドレサンス好きです。
それからリンレン書きやすくて吃驚した。




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馬鹿と天才はなんとやら(ギャグ)

※一部、BL・NL表現含みます。




天才には奇人・変人が多いとはよく言ったものだと常々思う。

発明王と名高いエジソンは小学校のとき教師から問題児の烙印を押され学校を中退した。だが、母に学問や研究などの教えを請い、今の地位まで上りつめたのだ。
また幕末の偉人、坂本龍馬も様々な要因で塾でいじめに合い、抜刀騒ぎを起こして塾を中退、その後姉である乙女に武術などを習っている。
つまり何が言いたいかというと、他人と違う才を持つ者は、他人と一風違った感性・考えを持ち、時に相容れないこともあるということだ。

そして自身が一般人だと自負している鏡音レンは、今まさに他人と一風違った感性を持つ人間達のやりとりを前に、立ち往生しているのである。


「あぁ!ミクジマさん、どうして…っ!」
「落ち着いて、カイコさん…っ」
「落ち着いてなんて…どうしてミクジマさんが…っ!」
「落ち着いてください、始音さん。今、捜査中ですので」
「…刑事さん」
「下がってましょう、カイコさん…」
「えぇ…」
「それで、カイトウ警部。例のものですが…」
「ん、了解。それは鑑識にまわしておけ、ハツネ刑事」
「はい」

そう、ちょうどこんな小芝居を前に。



「……………なにやってんの」


レンは脱力して部室内(ちなみに彼らは全員声楽部である)で忙しく動いていた二人に尋ねた。
すると、部屋の真ん中で「ミクジマさん」と呼ばれる人形を囲み、高低音の声色を自在に使い分けていた初音ミクとKAITOは戸口で突っ立っていたレンを振り返り、


「「殺人事件簿ごっこ」」


と声を揃えて言う。
そうじゃなくてな、とレンは頭を抱えた。
レンが言いたいのは、そもそもなんで殺人事件の現場なんかを再現しているかってことであり。
というか、二人で何人もの人間を演(や)るな。
違和感なさすぎて逆に怖いから。
そう考えるも、レンは首を振って溜息をつくだけに留めた。
言ってもこの二人には伝わらない。感覚の違いという奴である。

でも、とりあえずこれだけは、とレンが口にしたのは。


「演るなら、一人一役にしろ。分かりにくいから」


あと不気味だから、とは心で付け足した。
レンのその言葉に、ミクは口を尖らせて不満を述べた。


「えー、だったら"カイコさん"と"ミクヤナギさん(カイコを宥めてた人)"しかできないじゃんー。カイトウ警部とハツネ刑事は誰がやるのー?」
「むしろ、やらないっていう選択肢はないのか」
「あ、もしかしてレンもやりたかったとか?」
「人の話を聞け、バカイト」

首を傾げながらトンチンカンなことを言うKAITOを鋭く睨むことで黙らせ、レンは再度溜息をついた。
この二人をまともに一人で相手にしたら、それだけで体力の殆どを根こそぎ持っていかれる。
長い付き合いでそれを重々承知していたレンのスルースキルは、もはや達人並であった。


「…で、メイコさんは?」
「ちょっと遅れてくるから、先に部活始めてろだってさ」
「…………始めてねぇじゃねぇか」
「レン君たちを待ってたんだよー」


ほけほけと笑い合うミクとKAITOにレンの頭は更に痛くなった。
この二人が歌唱界の超新星だなんて、世も末だ。特に初音ミクの方は百年に一人の逸材だと近年持て囃されているのだが……………実物はコレである。
全く、エジソンや坂本龍馬もビックリだ。
レンが遠い目でそんな現実逃避をしだした時、ミクジマさんを抱き起こした(絶対片付けるためではない)ミクはキョトキョトと周囲を見回してから、レンを見やった。


「リンちゃんは?一緒じゃないの?」


ミクにそう問われ、レンは先程まで一緒だった片割れの顔を思い浮かべる。
そして、あいつは多分今泣きべそかいてんだろうなぁ、と苦笑した。
ここに来る数分前、担任に引きずられる形で生徒指導室に連行されたリン。
恐らく一昨日あったテストの結果について、泣き付かれているのだろう。リン、赤点だったし。
レン自身もさほど良い点数だったとは言えなかったが、赤点は免れたから、まぁ善しとすることにした。

数学が苦手なリンは毎回テストの後で担任と

「どうしてお前は数学が、むしろ数学だけ出来ない!?」
「人には向き不向きがあるんですぅ!」

などと埒のあかない言い合いを飽きずにしている。
―――だがなぁ、それにしたって、あの点数はないよなぁ、とレンは苦い顔で笑った。
あれは出来る出来ないの範疇をぴょーんと軽く超越しているのだ。
人には向き不向きがあるというリンの言葉は、まさにあの現象によく当て嵌まっている。
リンに数学は向かない。むしろ鬼門なのだ。
しかし担任はそんなことも言っていられないのだろう。何せ、教えることを職にしているのだ。
雀の涙ほどの点数しかとれない生徒を教え点数を引き延ばすのもまた、彼らの仕事なのだ。
だから、担任は何度もマンツーマンでリンの頭に数学の公式を叩き込んでいる。
今日もそうだろうから、きっと下校時刻まで解放してもらえないだろう。


「あー…リンは」

今日の部活は多分休む、と言いかけたところで部室のドアが勢いよく開かれた。
そこにいたのはちょうど話題にのぼっていたリンで。
滑り込むように部室に入り、ドアをすばやく閉めたリンは、そのままドアに張り付き、廊下の様子を伺っている。
その様子からレンはリンのしでかしている(現在進行系)ことを悟った。


「お前、さては逃げ出してきたな…」

呆れを含んだ声でレンがきくと、リンは「てへ☆」と舌を出して笑った。図星らしい。


「ごまかすな」
「もー、レンは相変わらずうっさいなあ」
「お前がいい加減だからだろ」
「人間、リンキオーヘンが大切なんだよ?」
「お前のそれは臨機応変とちがう。ただ、いい加減なだけだ」


はぁと溜息を漏らしたレンを、リンは暫くぶすくれた顔で睨んでいたが、気が済んだのか、「今まで何してたの?」とミクに尋ねる。言うまでもなく、戻る気は更々ないらしい。
レンとリンの動向を黙って見ていたミクは、急に水を向けられて、一瞬ピクンと肩を跳ねさせた。が、そこは部内で1番上手い立ち回りを誇るミクである。待ってましたとばかりにミクジマさんをリンの鼻先まで持ってきて、どこぞの教祖様よろしく「やぁ」のポーズをとらせた。


「殺人事件簿ごっこやってたの!私はハツネ刑事とミクヤナギさん役なんだ」
「ちなみに俺はカイトウ警部と始音カイコさん役だよー」


それまで椅子に腰掛け、一人無心にアイスを頬張っていたKAITOが久方ぶりに会話に加わる。KAITOの着いている机の上には既に空のアイスのカップが二・三個重ねて置いてあった。
会話に加わらなくなって数分しか経っていないのに、その間に平らげられていたアイスの量にレンは呆れた。


「ペース早…。どんだけアイス好きなの、カイトさん」
「もう無限大かつ無償の愛を捧げられるレベルに達してるね」
「どうせなら人に捧げろよ……」


メイコさんとかさ、とは言わなかった。
突き返されるのがオチだからだ。さすがに自ら傷付きに行けと言える程、レンは無情ではなかった。
だが、KAITOは「あー…」と上を見上げながら、目をしかめる。


「もう突き返されてるからなぁ…」

………既に捧げた後だったらしい。
レンは目に見えて落ち込んだKAITOの肩を軽く叩き、励ましてやった。
確実に砕けるのが分かっているのに、わざわざ砕けに行くその心意気だけは立派だ。自分にはとても出来ない。


「俺、たまにカイトさん尊敬するよ」
「レン………それ、俺は喜んでいいの?」


複雑そうに眉を下げてそう訊いてきたKAITOに返す言葉は見つからなかった。






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「リンも殺人事件簿ごっこやる!」


小芝居の詳細をミクから聞いた後のリンの言葉である。
予想通りのリンの反応にレンは「ハハハ」と渇いた笑みを漏らした。

やっぱりか、こんちくしょうめ。

レンは心でそう愚痴る。
ミクとリンは既にミクジマさんを横たえ、準備に取り掛かっている。
KAITOはそれを静観しているが、止めるつもりはないらしい。

というかだね、キミタチ、


「部活始めてろってメイコさんに言われたんじゃねぇのか…」


もはや忘れ去られているだろう事柄をボソリと呟いた。
するとミクが得意顔で「だいじょーぶだいじょーぶ」とレンにグーサインを向ける。


「カイトさんがメイコさんを宥めてくれるから」


…それは無謀な作戦なんじゃないかなぁと、レンがぼやいた。
案の定、KAITOは「………ええええええ」と仰天したような声を上げ、首を高速で横に振っている。
まるで首振り人形のようだ。
KAITOのその様を見る限り、宥められる可能性はゼロに等しそうだとレンも思った、が。
かと言って、暴走し始めたミクとリンをレンとKAITOで止められるわけもなく。
大体、それは通常MEIKOの仕事だ。
鶴の一声ならぬMEIKOの一声でミクとリンはピタリと言うことを聞くようになる。

――決して雷様を降臨させてはならない。
それは部員内の秘密の規約なのだ(但し、MEIKO除く)。


「もうさぁ、大人しく練習始めようぜ…」
「えー!?リンも事件簿ごっこやりたいよぉ!」
「レン君!これからちょうど謎解き場面なんだよ!?ここで止めたら永遠の謎になっちゃうじゃない!」
「えぇえ!?それはマズイよ、ミクちゃん!」


ミクとレンのまるで打ち合わせたかのような軽やかな会話運びで、いつの間にか演ることが決定していた。…本当にいつの間にか。
レンはそんな二人の会話に口を出せないまま、ポツリと呟く。

「えぇー…さっきの役どころに探偵役なんかいなかったじゃん…」
「それがリンの役なんだよ、多分」
「んな、適当な…」


片隅で会話する男性陣を置き去りに、ミクとリンは暴走に拍車をかけ、新設定を次々に付け加えていった。



(ここからは、諸事情により、会話文のみお楽しみ下さい)


リン(以下リ)「わたし、鈴之宮ゆりこ役やる!」

レン(以下レ)「誰だよ、その某ベ○ばらに出てきそうな名前の奴は……」
※注:レンはあくまで自身のイメージだけで語っています。本当のベ○ばらにはそんな日本人みたいな名前の登場人物は出てきません。ベル○らの舞台はフ/ラ/ン/スとかそこらへんですから。

リ「殺人事件の犯人(仮)だよ!」

ミク(以下ミ)「えー、ダメだよ、リンちゃん。犯人はカイトウ警部だから」

レ「ぅええ!?警部が犯人て色々設定としてどうなんだよ!?」

KAITO(以下カ)「ウケればなんでもいいんだよ、レン」

ミ「そうだよ、レン君」

レ「んな、ひたすらウケを狙うお笑い芸人みたいに……」

リ「んー……ねぇ、ミクちゃん。レンの役はどうするの?」

ミ「レン君はカイコさんの新しい夫のレントン伯爵役だよ」

レ「伯爵!?現代、ベ〇ばらの次は、中世ヨーロッパが舞台かよ!?時代系列めちゃくちゃじゃねぇか!」
※注:レンはあくまで自身のイメージd(以下略

ミ「レン君、時は淀みなく進んでいくんだよ?」

レ「…だからなんだよ。なに、したり顔で語ってやがる…?大体、現代から中世なんだから、時戻ってるじゃねぇか!」

カ「レントン伯爵―――いいえ、あなた。大切にしてね…?」

レ「……カイトさん…。マ ジ で 殺 し て い い か … ?」

リ「ミクちゃん!まさかのレンカイ展開発生だよ!」

ミ「ちょっ…キスシーンはあるのかな?」

レ「ね え よ !あってたまるか、そんなもんっ」



(会話文終了)



「だーっ!もうお前らいい加減にし…っ!」

とうとう我慢の糸が切れたレンが喚き散らそうとしたところで、部室のドアが再びガラリと開かれた。
そこから覗いたのは―――部内で言うところの、雷様だ。


「…………アンタ達、あれほど先に始めとけと言ったはずよね?」


雷様、否、MEIKOは部室で大騒ぎしていた面々を見据え、声を低くした。
心なしか、額には青筋も浮かんでいるような気がする。
雷様の逆鱗に触れた四人はぶるぶると体を震わせながら、その裁きを待った。
MEIKOは一度全員に視線をやった後、その視線を―――KAITOに定めた。


「………カイト」
「……っ。…はい」
「これはどういうことなのかしら?」


ニッコーといっそ輝かしいばかりの笑みを浮かべて、MEIKOが問う。
問われたKAITOは可哀相なくらいに縮み上がり、「うぁ…えぇと…」と言葉をあぐねていた。
やがてKAITOが小さな声で言ったのは、

「スミマセン…」

という一言。
それを受け、MEIKOは大きく一つ溜息をつき、KAITOの頭をベシンと一発叩く。


「アンタがミクとリンを制御しないでどうするのよ、馬鹿」
「…ゴメン」
「ミクたちも、」


と、そこでMEIKOの視線が今度はミクとリンに向かう。


「羽目を外しすぎよ」
「「…ごめんなさい」」


しおしおとしょげ返るミクとリンに、MEIKOは軽く息をついて、「今後ちゃんと注意すること」と告げる。
そして最後にMEIKOの視線を向けられたのはレンで。
自分は果たして何を言われるのだろうと思わず構えたレンに、MEIKOはふっと淡く笑んだ。
そうしてMEIKOはレンの頭を一つ撫でる。


「…お疲れ様ね、レン」

こんな言葉をレンに寄越して。
一人だけ叱られなかったレンはポカンと呆けた顔をしていたが、MEIKOの「とっとと練習始めるわよー」という声でやっと我に返った。



そして一時だけ静まり返った声楽部室内には、あっという間に天才達の集まりと評判の声々があふれる。
普段の変人ぶりが嘘のように、誰もが聞き惚れる歌声が辺り一面に広がった。
通りがかった人間の足を止めてしまうほどの威力を持つ、その歌声。



本当に、

『全く、馬鹿と天才は紙一重とはよく言ったものだ』。


それは彼らを知る人達が口々に漏らす言葉だったりする。




 fin.










『レン君頑張れ超頑張れ』


この一言に尽きる作品です。
個人的にレンはボカロの中で唯一のツッコミ要員だと思ってます。
ちなみに一番のボケ要員はミク。彼女は天真爛漫とか、もうそういうレベルではない。

カイトさんやメイコさんは臨機応変に自分の立ち位置を変えられるので、なに要員とかはないです。

とりあえず今回の「お疲れさまで賞」のレン君には慰めと労りの言葉を掛けてやってくださいな^^;




以下 壱の呟き:
書いてて楽しかったけれど、やっぱり私にギャグはハードル高かったみたいです…。
面白いギャグ小説ってどうやって書くんでしょうか? 誰か私に教授してくださいorz

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コンチータ様とコックの最後の晩餐(カイメイ)

「コンチータ様、そろそろお暇を頂いてもいいでしょうか」

うだつの上がらないウチのコックが満面の笑みでそう言ってきたのは、紫の茄子とピンクのタコのオードブルを食べ終わったときだった。
私は馬鹿なことをのたまったその男に冷めた目をくれてやる。


「カイト、あんたはたった今、自分が何を言ったのか、ちゃんと分かってるの?」
「えぇ」
「暇を貰った奴の行き先など、いままで散々見てきたアンタなら知ってるでしょう? 何せ、調理してきたのはアンタなんだから」


それでも?と、問う私にカイトは「えぇ」と笑顔のまま頷いた。
ふぅんと気のない返事を奴に返し、私は視線をカイトから外す。
そうして考え巡らせて行き着いたことはといえば。
この男がいなくなったら、調理する者が誰もいなくなるという事実だった。


「…却下ね。私はあんたを今は食べない」
「何故です?コンチータ様」
「誰がアンタを調理するのよ」
「召使のレンやメイド係のリンがいるでしょう」
「ダメね。あの子たちにロクな調理なんて期待できない。ブリオッシュだけは絶品だけど」


それに私は殊の外、この男の作る料理を気に入っていた。
屋敷の外では悪食と悪名高い私にでも、まだそれを感じられるだけの味覚は残っていたのだ。
カイトは「ふむ…」と吐息混じりの唸りをして、顎に手をそえて首を捻った。


「そうは言われても、俺は辞めるつもりでいますので…。―――うーん、それじゃあ」

この時、私は、カイトが"食べない方向でいきましょうか"ということを予想していた。いえ、勿論私は食す気でいたけど。
職を辞すことがカイトの中で決定事項である今、奴の行先は私の胃の中しかないのだ。それが今まで続いてきた、この屋敷の慣習。
過去に解雇されたツカエナイ奴らは、誰もが震えて「命だけは」と縋った。
さて、この男もそうなのだろうか、と半信半疑ながらも、私は机の上のフォークとナイフを握る。
これでカイトが逃げ出しそうになっても、食事を開始することが出来る。
そうしてカイトを食せる喜びに浸った。


あぁ、このコックは一体どんな甘美な味がするのでしょうね。

この男の料理が食べられなくなるのは酷く残念だけど、私はこの男の味には前々から大層興味があったのだ。
料理は絶品だったけれど、果たして男自身もおいしいのだろうか、と。
私はずっと念願であったカイトを食すということにやっとのことで辿り着けた幸福感にニンマリと笑みを作った。
そんな私を見ても、男は全く動じなかった。

それどころか嬉しそうに目を細め、


「そのナイフとフォークでコンチータ様自らが俺を調理してください」

と私に告げたのだ。


それならばとカイトに馬乗りになった私は、手始めに奴の服のボタンを外していった。
そうして今まで服に隠されてきた健康な肢体をあらわにしていく。
あぁ、本当になんて美味しそうなの。
思わず喉が鳴って、カイトの胸板をそっと撫でた。
カイトは私にされるがまま、下から私の顔を見上げている。
今までのパターンだったら、此処で叫び声でも上げて、大慌てで暴れるのだけれど。この男がしていることといえば、私の顔を凝視し続けていることだけだった。まぁ、それも私にとっては都合がいいことこの上ない。

「………抵抗しないのね、カイト」

しても逃がしてなんてあげないけど。
ふふ、と私は楽しげに微笑みを零した。そうするとカイトもやけに晴れやかな顔でニッコリと笑う。
それはあまりにも状況にそぐわない笑みだった。なんだかそんな笑みをするカイトが気に入らなくて、今の状況を知らしめるべく、私はカイトの首筋に強く歯を立てる。

「……っ!」

カイトが痛みに小さく声を上げる。
しかしその顔は恐怖に引き攣るどころか、うっとりとした表情を浮かべていて。
いつも(使用人の捕食)とどこか違うことを、流石にここまでくれば私も気付いていた。
もしかして、と私の中にある憶測が浮かび上がる。
しなやかなカイトの体にナイフを走らせながら、「ねぇ、カイト」と彼にそのことを尋ねた。


「もしかして私に食べられたかったの。だから暇を貰いたいなんて言ったのかしら」
「…っ、ぃっ…えぇ、それがコンチータ様と一つになれる1番の方法です、から…っ」
「―――狂ってるわね」
「っ、ふふ…、それ、は貴女もでしょ…う」


痛みに眉をしかめながらも、その美しい男は「俺は貴女が欲しかったのですよ」と零し、「そろそろ本気で痛いので、一思いにヤッてくれません?」などとどこまでも飄々と言ってのける。

もうすぐアンタは死ぬのに。
それでも満面の笑みを浮かべられてるなんて、本当に狂った男。

だから、だったのかもしれない。私なんかを想って死に絶えるこの男が、余りに哀れで可哀相だったから。


「カイト」
「っ……、っは、い…っ?」
「餞別よ」


そう言ってふわりと一瞬だけ触れた、私と奴の唇。
本来なら、私は自分から好んでキスなんてしない。私にとって、口は自身の深い欲を満たしてくれる神聖な場所であり、それ以外に使われることなど許せない。
それなのに、私がこの男にそれを許したのは。

カイトは大きく目を見開き、虚ろな目に涙の膜をはった。
そして私の目を必死に見据えて叫ぶ。


「愛し、て…愛してい…ます…っ、"メイコ"さま…っ」

久々に聞いた自分本来の名前。
男はその言葉を紡ぐと満足しきったように、瞳を閉じた。
私はもう一度その男に血濡れのクチヅケを送り―――――男の左胸に勢いよくナイフを突き立てたのだった。

突き立てた瞬間、カイトの体が鯛のように跳ね、そのすぐあとには一切動かなくなった。
まだ温かい体からは、どくどくと真っ赤な鮮血が滴り落ちている。
まるで上質の赤ワインのようなソレを指に絡めて、ペロリと舐め上げた。

――――やはり、絶品の料理を作る男は絶品の味がするのね。

口角をあげて、その液体に舌鼓をうつ。
しばらくすると、赤の液体は唾と共に飲み込まれてしまい、私は無防備に横たわるカイト――否、カイトだったものに視線を戻す。
カイトの美しい身体に自身の底しれぬ欲がふつふつと疼き、
私はゆっくりとその身体に近付き、何度目かになる晩餐を再開したのだった。


やがて、晩餐を終えた時に残ったのは、
カイトの白く美しい骨と

私の胸をくすぶる何とも言えぬ虚しさだけだった。





("私がカイトにキスした理由"?)
(余りにもアイツが哀れで可哀想で―――馬鹿だったからよ)










悪ノPの楽曲「悪食娘コンチータ」から。

めーちゃんもKAITOも怖いよ…っ!ヤンデレだよ!
なんか私の書く作品ってこんなんばっかな気がするの、なんでなのかしら(←)




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紅の華 1

Episode1




「あなた、だあれ?」

くりくりした瞳の可愛らしい子だと思った。
それが――――リン。

あの日、彼女に声をかけられたのは、きっと偶然じゃなかったんだと思う。じゃあ運命なのかって?
…………僕はそんな運命欲しくはなかった。祈ったこともない神を初めて呪った。
"どうして君だったのか"と。
他の人間なら、僕はここまで悔やまなかったはずだから。


「おなまえ、ないの?」
初対面で彼女から見れば明らかに異質な容姿の僕にそう問い掛け、キョトンとした顔で首を傾げる。そんな人間、今までみたことなかったから初めは驚いた。でも関わるのも馬鹿馬鹿しくて、俺が彼女から視線を逸らし、その場を立ち去ろうとすると。
「…」
彼女はにっこりした笑みを浮かべて、僕の服の裾を掴んだのだ。
怪訝な気持ちでその少女を見遣る。

「…なに?」
「リンとあそぼー」

一人でつまんないの、と口を尖らせ言う少女を思わずまじまじと見つめてしまう。


は…あそぼ……?
ねー、ダメー?と聞かれ、しどろもどろで首を横に振った。
だ、駄目に決まってる。自分は他とは少々毛色が違うが、れっきとした狼だ。
人間、しかも幼子と遊ぶなど有り得ない。もしこの子の親に見つかったら、たちまち射殺対象にされるだろう。
そんなのゴメンだ。

「僕は君とは遊べないよ。他の子を誘って?」

「だってリンと遊んでくれる子いないんだもん」

少し膨れて、彼女はぼそぼそとそう言った。
それに僕は首を傾げる。

「遊んでくれない?」
「うん」
「…なんで?」
「リンが"ミナシゴ"だからだって」

自分でもよく分かっていないのか、彼女はそう言っても笑っていた。逆に僕は二の句が告げなくなった。
「……」

みなしご。
親がいない幼子のこと、だったと思う。
……そうか、この子親がいないのか…。

人間とは自分と違うものを受け入れることがなかなか出来ない生き物だと聞いたことがある。
だから親がいないこの子は普通の子供として周囲に受け入れられていないのだろう。子供ほどそれに顕著に表現する。それゆえ、"一緒に遊んでくれない"とこの子は言ったのだ。

――――似ていると思った。この幼子と、僕が。

でもその反面全然違うとも思った。彼女は眩しいくらいに晴れやかな笑みを見せるのだ。
もし僕がもう一度断ったら、彼女の笑顔は曇るのだろうか。
…………それをしたら、きっと僕は罪悪感に駆られるような気がした。
だから。

「――…すこしだけ、だよ」
僕が小さな声でそう告げると、彼女は嬉しそうな笑顔でしきりに首を振る。
嬉しそうに笑う彼女を見て、僕はほっ、と息を吐いて。ふいに気付いた。

っ、…違う。罪悪感とかじゃなくて、彼女の笑顔が曇るのを僕が見たくなかっただけなんだ。
それに気付いて、息が詰まった。なんでそんなこと―――。

そこで僕は首を振って、考えを中断した。
なにか、大変なことに気付いてしまいそうな気がして。

「おにいちゃん?」
ふと彼女が僕を呼んだ。我に返り顔をあげると、彼女が不思議そうな顔で僕を覗き込んでいる。

一瞬、喉に声が張り付いた。
声を出すために唾を飲み込み、「…何?」と彼女に笑いかけた。

「おにいちゃん、やさしいね。リン、好きー」

必死に貼付けていた笑顔が一瞬剥がれそうになり。慌てて繕うと再度彼女が首を傾げて僕を呼ぶので、彼女の欲しているであろう答えを紡ぐ。
「…そう?、ありがと?」
今、心臓が凍り付きそうになった。
気付きたくなかったことが自分でドアをこじ開けそうになり。


しっかりとそれにロックをして、僕はリンに何して遊ぶ?、と笑顔を向けた。






Category : 紅の華
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紅の華 0話

Episode 0











雨が、身体に激しく打ち付けられている。



それは鋭い針のような痛みを俺の身体に与え、


…―――――――――いや、錯覚なんだ。



雨に突かれて悲鳴を上げてるのは僕の躯じゃなくてココロだ、から。

まるで責め立てるように降り続く雨の中にいっそ朽ち果てられたら、どんなによ
かっただろう。







"綺麗"な君と"汚れてる"僕。消えるべきは汚れてる僕だったはずなのに。

…君は進んで、僕にその道を譲ったんだ。




ねぇ、どうしてなの。

どうして君はいつも笑って―――死ぬときさえ笑って……。






君があのとき言ったことが分からないよ。だって僕はもう"道"が分からない。
ねぇ僕の行く"道"は何処にあるの?

真っ暗で足元さえ覚束ない暗闇の中。
ヒカリが、見えない。

いつも僕を照らしててくれたヒカリが――――――――君が消えてキエタんだ。
君の温かくてまばゆいくらいのヒカリが。




君の冷たい躯を掻き抱いた。


そうしてポトリと落とした雫に今更何の意味があるっていうの。












       紅の華







<ボカロ連載の導入部分。上記のような話になる予定ですよ(o ̄∇ ̄o)ノ>

Category : 紅の華
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